ローレライの涙

 

ノースブルーのある海域に、古くから伝わる伝説があった。

日没後のその海域では、穏やかな波にもかかわらず頻繁に海難事故が起きたため、周辺の島々から海の魔物が住むと信じられていた。

長い間、その魔物の正体は大型の海王類か何かだろうと噂されていたが、ある日事故から奇跡的に生還した船乗りたちは口を揃えてこう言ったそうだ。

『ローレライの歌声を聴いた』と。

村人たちは誰も信じなかったが、船乗りたちはあの歌声をもう一度聴きたいと、まるで何かに取り憑かれたかのように誘われるまま海へと姿を消した。

そしてもう2度と、戻っては来なかった。

今でもその海域での日没後の航海は最も危険とされ、島民たちは決して近付こうとはしなかった。

だが幾隻もの海賊船が沈んだとあって、今なお海底に眠り続ける財宝を求め昼夜問わず海に乗り出す無法者たちは後を絶たなかった。

しかし、そこから持ち帰られた宝は未だないという。

ローレライがその財宝を守っているのだと、だから“ローレライの海“には手を出してはならないと、島に住む者たちは代々語り継いできた。

 

死んでもいいと思うほどの歌声なら、一度聴いてみたいものだ

 

その話を聞いたおれは、子供心にぼんやりと

そう思っていたんだ……

 

 

 

 

「おい新入り、さっさと起きねェか。見張りの時間だ」

不安定なハンモックでの浅い眠りから無理やり覚醒させられ、おれは寝ぼけ眼のまま冷たい床板に足を下ろした。

海賊船に拾われて1週間。

この船は例の海域に一番近い島に停泊していた。

ノースではローレライの話は有名だったが、出身者でない連中にもここが海の難所だという噂は当然のように知られており、久々の陸地という安堵感も手伝ってか出航は明朝二器待った。

「見張り台に行く前に宝物庫も確認してこい」

おれは半分寝ぼけたまま気のない返事を返し、麦わら帽子と長剣をつかむと寝静まった船内をのろのろと歩き出した。

 

ーーー月のない、暗い夜だった。

 

宝物庫のある階下へとランプの灯りを頼りに降りていく。

鍵をかけるでもないその不用心な宝部屋には、所狭しと敵船から奪った財宝が眠り続けていた。おれは扉を開け、部屋を一周するようにランプを掲げ中の様子を探る。

別段異常はない、そう思った時だった。

「!!!」

体をかわした弾みで麦わらが宙に舞う。

おれは右腰の長剣に手をかけ、あかりの消えた船内で息を殺した。剣を振り回すには狭すぎるこの部屋で、どう戦おうか考えを巡らしていると、同じように闇の中で気配を殺していた侵入者は笑いを含んだ声で低く口を開いた。

「ガキのくせにイイ反射神経してるじゃねーの」

「誰だ、おまえ」

「なァに、ただの泥棒さ」

「ーー海軍だ!!!」

突然、男のその笑い声を掻き消すような鐘の音と叫び声が、静かだった船内に鳴り響いた。

「錨を上げろ!急げ!!」

一気に慌ただしくなった船内からは先ほどまでの静けさはかき消えていた。

頭上の甲板で幾人もの足音が交差する。

船はゆっくりと動き始めた。

「思ったより早かったな」

「おまえが知らせたのか?」

「海賊がこんなところに堂々と停泊してる方が悪いんじゃねェの?」

男は口の端を上げたままそう言って背を向けた。

「待てよ」

「待てと言われて待ったやつに今まで会ったことあるか?」

男は笑い続けている。

その余裕が、気に入らない。

 

「それに宝石の1つくらい見逃せよ」

「はっ、これだけの宝の山を前にしてひとつだと?随分と欲のない泥棒だな」

「オレにとって宝はこれだけだ。それにもう手遅れだな、お宝はここさ」

そう言って男は自分の腹を指差した。

「冗談だろ?食うほど大事かよ」

おれは呆れ果て戦意を失った。

男は最初から戦う気などないらしく、腰のピストルもただの飾りのようにしか見えなかった。

「大事さ」

男は満足そうに笑う。

「オレの夢だ」

その呟きとともに数発の大砲が撃ち込まれ、船は大きく揺れた。

おれはバランスを崩し、その場に倒れ込む。

そして顔を上げたとき、すでに男の姿はなかった。

 

おれは帽子を掴み、海軍と攻防を続ける硝煙臭い甲板を走り出した。

船首付近では火の手が上がっている。

大砲は水面で破裂するたび大きな水柱を上げた。

船の行く手を阻むように海軍が取り囲んでいるのが見えた。

 

逃げ切れるだろうか?

いや、それよりも今はーーー

「その男を捕まえろ!」

踊るように駆けていく銀髪の男を指差し、おれは慌ただしく応戦する仲間の間を通り抜けていった。

「何やってんだ、新入り!」

「泥棒だ!宝を盗まれた!」

「コソ泥なんざ放っておけ!さっさとお前も砲撃をー」

その声を無視しておれは走る。

船尾近くまでたどり着く頃には、男は繋いであった小舟に乗りこみ、オールを手に悠々と脱出に成功していた。

おれは何の迷いもなく、帽子をおさえるとそのまま暗い海へと飛び込んだ。

「―――オイ!新入りが海に落ちたぞ!!」

「いや、自分から飛び込んだぞ!」

「見ろ、小舟が逃げていく」

「放っておけ、こちとらそれどころじゃねェんだ!」

頭上の声を無視しておれは冷たい海を泳ぐ。
岸までそう遠くないことがせめてもの救いだ。

「シャンクス!!船は止めねェぞ!!」

船長が怒鳴る。

―――いいさ、おれは自分の船を手に入れるから

心の中でそう呟き、おれは爆音の鳴り続ける海賊船から離れていった。

 

 

 

 

 

「まさか、ここまで追って来るとはなァ」

岸に上がると、先程の男が呆れたように声を掛けてきた。

凍った月のように輝く、プラチナブロンドをした少し長めの髪を撫でながら、同色の優しげな瞳を向け、参った参ったと笑い続けていた。

 

「そんなにこの石が必要か?どうせ意味も知らねェんだろ?」

「意味?」

「いたぞ!あそこだ!!」

港から村へと続く一本道に、数人の、屈強な体格をした海兵達が立ちはだかった。
リーダー格の男を先頭にして、残りの男達はライフルを構える。

「騙したな」

男の顔が曇った。
だが、やはりどこか余裕のあるその表情に、おれはいつの間にか惹きつけられていた。

 

何かを期待してしまう―――

 

人を惹き付ける何かがこの男には有った。

その整った外見の所為だろうか?

年齢が想像つかないほど、男は不思議な年のとり方をしていた。

透き通るようなプラチナブロンドと、吸い込まれるような澄んだ瞳。

細身ではあるが均整の取れた力強い体、長い手足、そして決して屈することのない己への自信、プライドの高さ――・・・

そして何よりもおれを惹き付けたのは

その、生き急いでる様にしか見えない、どこか哀しそうな笑顔だった―――・・・・・

 

「騙しただと?俺たちは大泥棒の逮捕を任されただけだぜ?」

パキパキと指の骨を鳴らしながら、熊のようにデカイ男がじりじりと近付いてきた。

「大人しく捕まれ。抵抗するなら殺しても構わんと言われている」

「そう上手くはいかねェってことか。…海賊もろとも沈んでもらおうと思ったのになァ」

男はおれの方に体を寄せ、笑いながら言った。

「おまえも海軍には捕まりたかねェだろ?」

「死んでもゴメンだ」

「ははっ…!気に入った。一時休戦、一先ず逃げるぞ」

おれは長剣を抜いて、先に飛び出していった男の後を追う。

しかし驚いたことに、骨の砕ける鈍い音がしたかと思うと、銀髪の男は一発でその大男を伸してしまった。
そして他の連中に引き金を引かせる間も与えず、優雅なまでに次々と倒していき、息ひとつ乱れていないその顔をおれに向け、ニッコリと微笑んだ。

「おれの出る幕ねェじゃん」

仲良く倒れている海兵の横を通り抜け、おれは長剣を鞘に戻した。

「そりゃ悪かったな。でもホラ、援軍もご到着されたみたいだし…」

男の視線を追うようにおれが海に眼を向けるより早く、銃声が止まることなく鳴り響いた。おれたちは反射的に積荷の陰へと逃げ込んだ。

「おまえ名前は?」

銃弾の雨が降る中、男は呑気にそう尋ねてきた。
本当に呆れるほどの余裕ぶりだ。

「シャンクス」

「シャンクスか、いい名だ。―――オレは、カナン」

差し出された手を握る。

その手は、ぞっとするほど冷たかった。

ああ、やはりこの男は―――・・・・・

「いいか、シャンクス。この先にオレの隠れ家がある、そこから島の裏に抜ける地下道が続いてるんだ。あの教会が目印だ。振り返らずにとにかく走れよ」

銃声が一瞬途切れ、海軍が上陸の準備を始めた。

「行け!」

カナンが叫ぶと同時に再び銃声が鳴り響いた。
おれは何も考えず、言われた通り細い坂道を全力で駆け抜けた。

―――暗い

それは地獄へと続く道のようだった。

ただ背後で感じるカナンの気配だけが、何よりも心強かった。

 

おれたちが島内に逃げ込んだことで海軍は上陸が先と判断したのか、銃声はまた途切れた。

「あれだ、あの教会を左に抜けろ!」

おれは闇の中に静かに建つ真っ白な教会を見上げ、その横を走り抜けた。

教会の裏は森になっており、その森を少し入った所に、一軒の廃屋があった。

「これで少しは時間が稼げるだろう」

カナンは戸口に座り込み、大きく息を吐くと、煙草を取り出した。

また、静かな夜が訪れる。

廃屋の中には家具と呼べるものはほとんどなく、本当にカナンの隠れ家かどうかすら怪しいものだったが、カナンはおれに酒の在り処を教えると、それを持ってくるよう言った。

煙草に火を点けたカナンの顔が青白く見えた。
酒を手渡そうと近づいたおれの鼻に、血の匂いが纏わりつく。

「あんた撃たれたのか?」

「なァに、かすり傷さ。―――石はこうしておれの手に入ったし、今夜は最高の夜だな」

カナンは実に満足そうにボトルに口をつけた。
そしておれの目の前に、青く煌く宝石を掲げ、ニヤリと笑った。

「あんたそれ飲み込んだって言ったじゃねェか」

「バーカ、そんなことしたら後が面倒だろーが」

「ぷっ・・・あははは!あんたには負けたぜ」

おれはカナンからラム酒を受け取り、軽く乾杯の意味合いを込めて、カナンの方に傾けた。カナンは煙草を持った手を上げ、微笑んだ。

「さっき言ってたのって、どういう意味だ?」

「この石が何かって?」

「そう。あんたはこれだけが宝だって言ってた」

夜の自然光に照らされて光る石を見つめながら、カナンはゆっくりと口を開いた。

「これは“ローレライの涙”と呼ばれるこの世に2つと存在しない宝石なんだ。
その希少価値から値段さえ付けられないらしい―――まぁ、時価数十億ベリーはくだらないと言われてはいるがな・・・・」

「“ローレライの涙”?ローレライ伝説と関係があるのか?」

「一般に知られているあの伝説は、一番重要な部分が欠けてるんだ。まぁ、それもほとんど知られていないが―――・・・・

ずっと昔にこの海域を取り囲む島々で、“ローレライの涙”を巡る血で血を洗うような殺し合いが起きた。
結局石は誰かに持ち去られ、それ以後持ち主を転々と変え、石の存在は次第に風化していってしまった。
そしていつの間にかローレライは、海底の宝を守る歌姫だと言われるようになった」

カナンはそこでひと息吐き、酒で唇を濡らした。

海軍はまだここまで辿り着かない。

静かな夜に吸い込まれるように、カナンは目を閉じて話し続けた。

 

「ローレライが歌うのは宝を守る為じゃない

待ってるんだ、恋人が来るのを・・・・

―――ローレライの歌声は、船乗りを惑わせ、その船ごと沈める

ある夜ローレライは1人の船乗りに恋心を抱いた

歌うことしか出来ない彼女は
その男の為にこれ以上無いというほど美しい歌を聴かせた

しかしその歌声に魅了された男もまた、彼女の目の前で海に沈んでいった

 

そのときローレライが流した涙の結晶が、この石というわけさ」

 

カナンの手の中で輝くそれは、藍玉というにはもっと淡く、南国の海のように、どこまでも透明なアイスブルーをしていた。

「今もローレライが歌い続けるのは、生まれ変わったその男にもう1度逢うためだと言われている。

オレはずっとこの石のためだけに生きてきた。
20年近くかかったが、漸く手に入れることが出来た。

おまえがいたあの船に“ローレライの涙”があると知ったオレは、海軍と手を組んで、それぞれの目的を果たそうとした。

それがこの様だ」

カナンはまた大きく息を吐いた。

「だが、どうしてもおれにはこの石が必要だった。
ローレライの歌声を聴いた人間は数え切れないほどいる。だが、その姿を見たものはいないんだ。

・・・・オレの、オヤジ以外はな・・・・」

 

「ローレライに逢ったのか?」

「“ローレライの涙”を持ってあの海へ行けば、船乗り達を魅了した歌姫に出逢える―――オヤジはそう言って海へ出て行った・・・・
結局それきり帰っては来なかったが、オレは、信じてるんだ」

「あんたも、逢いたいのか・・・?」

「ローレライはオレの初恋の相手だからな」

カナンは笑う。

「死んでも――?」

静かに微笑んだまま、カナンはそれには答えなかった。

「そろそろここも見つかるだろう・・・」

首から下げた皮製の小さな入れ物に、カナンは大事そうに石を戻した。そして短くなった煙草を揉み消し、ラム酒に手を伸ばしてから、おれを真っ直ぐに見つめた。

「夜明けまで一時間弱、おまえは今のうちにこの島を出ろ。今夜は新月だ、闇に紛れて逃げられる」

「ここの夜は危ねェんだろ?」

「ローレライの気まぐれで助かるやつも多い。
おまえは運が強い、オレ達のように人生を狂わされることもないだろう・・・・

そこの床下から、南の灯台まで10分で着く。灯台の下は小さな入り江になっていてオレの船が隠してある。そこからさらに南へ下れ。
心配すんな、食料も武器もちゃんと積んである」

「あんたはどうするんだ?」

「オレは―――」

カナンは何かを覚悟した精悍な顔つきを見せた。

「オレは、ローレライに逢いに行く」

「死ぬ気か?」

「言ったろ?気まぐれで助かる。

さぁ、早く行け、時間がない」

おれは迷いながらも長剣を掴み、床下の狭い抜け穴を覗き込んだ。

 

「カナン」

戸口に座ったままのカナンを見つめる。

短い沈黙の間、おれ達の視線は絡み合い、おれはカナンの思いを嫌というほど感じた。

「またな」

「ああ・・・またな―――シャンクス」

カナンは最後まで、笑っていた。

 

 

 

暗い地下道を手探りで進む。

道は思ったより頑丈に整備されており、おれの身長ではちゃんと立つことはできなかったが、子どもなら充分に余裕のある高さだった。何より崩れる心配など必要ないことが、壁面を伝う手の感触で伺えた。

ただ・・・不安だけが―――・・・

カナンのあの、死を受け入れる眼差しだけが、何よりもおれは怖かった。

ひやりとした風を感じて顔を上げると、少し先が僅かばかり明るくなっていた。
それを見た途端、おれは反射的に足を止めた。

動悸が激しくなる。

カナンの笑顔が遠くに消えていく。

 

―――あいつを死なせてはいけない気がした。

 

いや、死んでほしくなかった。

死ぬ気でいる人間を引き止めるなど無駄なことだと判っている。

生き急ぐものの強烈な命の輝きを、おれは知っている。

 

それでも・・・・

 

おれにはあの男を取り戻すことなど出来なくても・・・・・

 

おれの足は一筋の光を追うように、真っ直ぐに廃屋へと向かっていた。

 

廃屋の周りはまだ静かだった。

 

「カナン!」

抜け穴から勢いよく飛び出し、おれは祈るようにカナンの名を呼んだ。

だが、部屋の中にはもう誰の気配もなかった。

おれは外に出ようと開け放たれた戸口に向かったが、ふと足元がぬらりとした感触に包まれ、足を止めた。
さらに激しくなる動悸に、耳を塞ぎたくなるような衝動を感じながら、恐る恐る闇に目を凝らす。

カナンが先程まで座っていた場所―――

そこには、真っ赤な血だまりが出来ていた。

「くそっ、どこがかすり傷だ」

おれは顔を歪ませ廃屋を飛び出した。

 

カナンと走った道を、今度は独りで駆け下りていく。

叫びだしたいのに叫べないような、そんな悲壮感におれは堕ちていた。

出逢ったあの瞬間から、カナンは死の色を放っていたことをおれは判っていた。

だが、何故かおれはそれを信じたくなかった

 

カナンと、生きてみたいと・・・思ったから―――

 

血の跡は点々とカナンの足取りを印していた。

それは真っ直ぐに港へと続いている―――

海軍はもうこの島から離れていた。

カナンを追っていったのだろう。

 

次第に白んできた空に、一艘の小さな舟と、海軍の大型船がはっきりと確認できた。

「戻れ、カナン!!」

おれは声を張り上げる。

カナンたちの進む先に、巨大な黒い積乱雲が待ち構えていた。

「カナン!!」

もう1度叫んだおれの声は、強い海風に掻き消され、誰の耳にも届かなかった。

そして、舟はゆっくりと

闇の中へ消えていった・・・・・

 

―――――――――――――――――

 

―――――――――――――

 

――――――――・・・・・・・

 

 

 

「おい、何であんたはこんなトコで寝てんだ?」

 

ふと気付くと、眉間にシワを寄せた人相の悪い男が、おれの顔を覗き込んでいた。

「なんだ、おまえか・・・」

「悪かったな、俺で」

ベックマンは隣に腰を下ろし、いつものように煙草に火を点けた。

「月があまりにもキレイだったからさ、見てたんだ・・・・そしたらいつの間にか寝てた」

「ガキじゃあるまいし・・・・甲板に大の字で寝てるなんて困った男だな、あんたは」

「でもホラ―――、キレイだろ?」

おれは氷の月を指差す。

あの男を思い出すような、冷たく輝く月の所為で、昔の夢を見たのだろう

それとも10年ぶりに訪れたノースブルーの空気の所為だろうか

 

「なァ、ベックマン・・・・おまえローレライの歌を聴いたことあるか?」

「ローレライ?それ聴いちまったら死ぬんだろ?」

「気まぐれで助かるんだよ・・・

聴きに行くか、絶世の美女の歌声を」

「あんたと心中しろって?地獄に堕ちそうだな」

「おまえとならおれは別に構わねェが?」

そう言って笑ったおれに、ベックマンが嘘吐けと煙草を咥えたまま苦笑を返した。

 

「気まぐれで・・・助かるんだ・・・」

 

おれはベックマンの膝に頭を乗せ、もう1度呟いた。

ベックマンの冷たい手がおれの頬を撫でる。

昔から変わらない冷たい手なのに、この男は生き急いだりはしない。

冷たいのにどこか暖かい、穏やかな光のように安心できるこの手を、このまま傍で感じ続けていられるだろうか?

 

おれはそれを祈りながら、ゆっくりと眠りに堕ちてゆく―――・・・・・

 

 

―――カナンはローレライの恋した男の生まれ変わりだったのだろうか

 

人々の心を魅了し続けた歌姫は、その涙の結晶と共に

永遠に、海の底へと沈んでいった

 

 

 

不思議なことに、あの日を境にローレライの歌声を聴くものはいなくなったという

そして海難事故も起こらなくなり、この海には長い嵐が過ぎ去ったような静けさが戻った。

人々の心からは、次第にローレライの存在は消えていくのだろう・・・・・

いや、消えることはなくても、形を変え、また新たな伝説が始まるのだ

 

 

ただ一つ云えることがあるとすれば

カナンの舟が闇に呑み込まれる瞬間

おれには、確かに聴こえたんだ・・・・・

 

 

聴いたこともない

美しい旋律が――――・・・・・

 

 

 

-END-

 

 

 

 

 

 

自滅文章を欠かせたら結構勝つ自信ある
(威張ることじゃない)

1話完結のおとぎ話みたいなものを書けないだろうか・・・
ということで書き始めたのはいいですがシャンクスじゃなくてもOK!みたいな・・・(笑)
シャンクスに全くいいところがなかった;

因みに、“カナン”とは
「約束の地」とか「楽園」「理想郷」といった意味です。

お付き合い感謝であります。

(2004.05.09 本編・加筆修正)