いつだったか、ずっと昔に酔っ払ってこう訊いたことがあった。

 

“おれが死んだら、あんたは泣いてくれるのか”―――と

あの時、この人はなんと答えただろう

 

“つまらねェこと訊くな”―――だったか

“泣くか、バカ”―――だったか

 

だけど、こんな顔をさせるぐらいなら

意地でも先に死ぬわけにはいかねェな

そう―――思った・・・・・・

 

 

 

 

自分の息遣いかと疑いたくなるほど、呼吸は乱れていた。

むせ返るような血の匂いは、重苦しい雨の音と混ざり合いおれの嗅覚を奪う。

足元に出来た血だまりが、急速に、広がっていく。

 

―――ここで

死ぬわけには・・・

 

背後に目を遣ると、シャンクスがおれを凝視していた。

義憤ともとれる激しい動揺。

―――だから、そんな顔するなって

おれは肩越しに、笑いかける。

しかし、状況は極めて不利だった。

―――この人を、守りきれるだろうか

弱音など吐いてる場合ではない。

なのにくだらない思考は止まらない。

辺りがやけに静か過ぎて、自分の鼓動ばかりがデカク聴こえる。

神経が研ぎ澄まされていく、眩暈にも似た感覚。

―――どうやって切り抜けよう

足元はぬかるみ、空を割ったように降り続ける雨はまだ止む気配を見せない。

そして最悪なことに唯一の武器である短銃には、1発の弾丸さえ残っていない。

目の前には刀剣を手に飢えた野獣のような眼をした賞金稼ぎが5人。

武器と呼べるものは使い物にならない、この―――ピストルだけ

加えてこの様だ。

どくどくと音を立てて、胸から生暖かい血液が流れ続ける。

体温が、下がっていく。

冷たい雨が氷の刃のように突き刺さる。

おれとしたことが油断した―――いや、タイミングが悪すぎたのだ。

あの男が現れた時点で死神の手に内にいると気付くべきだった。

そう、これは―――最初から仕組まれた罠だったんだ。

 

「何、殺しはしねェよ。大人しく捕まってくれればな」

おれはギラリと光る男の眼を睨みつけた

相変わらず人を見下すような顔で嫌な笑みを浮かべていやがる。

最初出会った時からその印象は変わっていない。

赤髪海賊団への憧れと海賊への夢を語った言葉は全てガラクタのように空々しく、野卑た眼は暗くくすんでいた。

それでもこの人は―――受け入れたんだ。

散々騙されて裏切られた筈なのに、それでも尚―――この人は拒まない。

裏切られる痛みを知っていながら突き放すこともせず、仲間として酒を酌み交わし、嬉しそうに笑うんだ。

 

『おれは、海賊だからな』

はした金で海軍に売り飛ばされそうになった時もそう言って笑っていた。

この大海賊時代に、海賊狩りを生業としているものは腐るほどいる。

少し名のある海賊なら、すぐにでも連中は動き出す。

そしておれ達の前に現れた男は懸賞金1億以上の首しか狙わないある組織の1人だった。

連中は、真っ向から勝負しても敵わない相手ばかりを狙い、ご丁寧に自分が海賊になってまで相手を油断させ、仕事を始めるのだ。

―――まったく、ふざけた連中も居たもんだ

生死問わずとはいえ、公開処刑を政府は望んでいる。

“お前たちのなれの果てだ”と言わんばかりに見せしめとして殺す為に。

そう―――だから、生きて引き渡す方がはるかに価値は上がるのだ。

「・・・っつ」

シャンクスから苦痛に沈む声が漏れる

大木にもたれるように座り込んだシャンクスの右手は赤く染まり、血止めに巻いたおれのサッシュは、どす黒く変色していた

右肩と脇腹を撃ち抜かれたとはいえ、致命傷じゃないのがせめてもの救いだ

―――まぁどっちにしろ

さっさと片つけねェとこっちがもたねェけどな。

 

もうじき、日が暮れる

それでなくても空を覆う厚い雲でこの森は夜のように暗いというのに、これ以上闇の中を走り回る体力など、おれ達にはもう残っていない。

どうにかしてヤソップたちと合流しねェと・・・

あいつらも今頃おれ達を探している筈だ。

だが―――

そうものんびりしちゃ・・・居られねェみたいだな

 

じりじりと間合いを詰めてくる殺気だった男たちの視線を受けおれは苦笑を洩らした。

―――恨みがましく見つめられても、ちっとも感じねェよ

シャンクスが息を吐く

「―――!」

反射的に後ろへ顔を向けたおれの目に、それはやけに光って見えた。

シャンクスの足元で鈍く輝く長剣―――

おれはとっくに消えた煙草を吐き捨てピストルを投げ捨てた。

そして、その僅かな隙を突いて、体を反転させ長剣を掴むと、

「借りるぞ」

祈るように―――鞘を抜いた。

シャンクスが何かを叫ぶ。

おれの耳には―――雨の音さえ届かない。

左腕のイカレたおれには、普段から馴染みのない剣は余計重く感じられた。

―――これを軽々と振り回してるんだから参るよな

動くたびに傷口から鮮血が噴き出す。

だが不思議なことに体温が下がっているはずの体が、恐ろしいほどの熱を放ち始めていた。

 

ここで死ぬ訳にはいかねェが、この人を死なせる訳にもいかねェんだ

 

血飛沫があたり一面を染める。

だが、すぐに雨水に流され、消えてゆく。

まるで極上のワインでも欲するかのように、黒い土が全てを飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

見慣れた天井を目にしても、そこが何処だかすぐには解らなかった。

感覚というものが完全に麻痺している。

いや、かろうじて右手だけは動かせるようだが、左目はまったく見えず、呼吸をするのも辛く息苦しかった。

「ん・・・」

「!」

右手を動かすと、すぐ傍で気だるい声と共に赤い髪が揺れた。

おれは我が目を疑う。

「・・・よぅ、どうだ気分は」

「あんた―――なに・・・してんだ?」

顔を上げた男をまじまじと見つめ、おれは掠れた声で呟いた。

シャンクスは苦笑を返す。

「何って・・・看病――してたはずなんだが寝てたな、悪ィ」

「どういう風の吹き回しだ。あんたが他人の看病するなんて」

おれはまだ信じられずに真顔でそう尋ねると、シャンクスは急に不機嫌な顔になった。
そしてサイドテーブルから煙草を取り出して言った。

「どっかの誰かがおれかばって死にかけたからな。これぐらいしねェとあとで何言われるか・・・」

「おれは別にかばってねェぞ」

「人のこと突き飛ばしといてよく言う、見ろこれ」

シャンクスは眉間にシワを寄せると、右手の包帯をおれに向けた。

「だから別にかばってねェって」

シュッとマッチを擦る音と共に、嗅ぎ慣れた煙草の煙がおれの鼻を掠める。

シャンクスは紫煙を吐き出しながら怒りを込めた目でおれを見ると、いつもより低いトーンの声でこう言った。

「どうでもいいがな―――死ぬんじゃねェよ・・・勝手なマネして、勝手に死ぬな」

おれの口に煙草を咥えさせ、シャンクスはベッドに顔を伏せた。

一体何日ぶりの煙草だろう。

ひどく懐かしい・・・

体の感覚が目を醒ますように、煙を深く吸い込む―――

「約束・・・できねェな――――それだけは・・・」

シャンクスは顔を伏せたまま動かない。

おれはゆらゆらと昇る煙を目で追いながら言葉を続けた。

「おれ達の頭はあんたなんだ。

おれはあんた以外のヤツと海賊やる気はねェし、あんた以外の奴に命を預ける気もない」

「おまえが死んだらおれが困るんだよ。

だからいなくなったりするんじゃねェ」

重たい右手をどうにか持ち上げ、シャンクスの柔らかな髪に触れる。

「シャンクス、あんたと同じ海を見て生きると決めた時から、おれは何も変わってねェんだ。

いつ死ぬかも、何処で死ぬかも、おれには興味ない――あんたもそうだろ?

ただ・・・おれの誇りは―――誰にも奪わせねェ

たとえあんたの頼みでも、これだけは、譲れねェよ」

シャンクスがゆっくりと目を開けた。

おれは赤い髪をくしゃりと撫でる。

「おれの居場所はここだけだ

こんなに居心地のいい場所を手離すなんて冗談じゃねェ・・・

いいか、シャンクス

あんたがいなきゃ、おれがここにいる意味もねェ

だから

生きるも死ぬも―――あんたと、一緒だ」

雲間から太陽が顔を出すように、穏やかな顔で、シャンクスが微笑んだ。

「生きるも・・・死ぬもか」

「ああ」

―――そうだ

そうやって笑っていろ

その為ならおれは―――

そう簡単には、死なねェから・・・

おれの手を握り返したシャンクスに、陽だまりのような暖かさを感じた。

おれの還るべき場所

そしておれの、誇り

失わずにすんだ、この穏やかな光の中で

おれはもう一度・・・その手を強く掴んだ。

 

 

 

 

-END-

 

 

 

※マンガVer.描き直し中です

up 2002/11/23