瓦礫のゴースト

 

 

 

 

虚構と現実の街へ、ようこそ

 

 

 

 

 

 

「――死の影が・・・迫っているよ」

雑踏をすり抜けるように、よく通るその声だけが鋭く響いた。

しかし誰の耳にも届いていないのか、振り返るものはいなかった。

 

何処か懐かしい――

 

奇妙な既知感を憶え、航海士のラギはゆっくりと足を止めた。

石畳の続く通りには人が溢れており、ずらりと並ぶ露店はどこも活気に満ちていた。

春島の、秋を有する島。

穏やかな気候と実りに恵まれ、人々の笑顔はどれも幸福に煌いていた。
それはまるで、この安穏な日々がいつまでも続くと信じている無邪気な子供のようだった。

通りのあちこちで幾人もの見慣れた顔とすれ違う。
食料を調達し、出航の準備も整った。

あとはログがたまるのを待つだけだ――

ラギは右腕のログポースに目をやった。

クルーたちは、また当分離れることになる陸地で、島民と寸分違わぬほど嬉々とし、はしゃぎまわっている。

ラギは軽くため息を吐いてから、声の主に目を向けた。
微かな警戒心が、咥えられた煙草の煙から感じられた。

男の姿は――明らかに、禍々しいまでの異彩を放っていた。

身軽な装いの島民に比べ、その男の周りだけ、重苦しい陰鬱な空気が支配しているかのように、頭からすっぽりと覆われた黒いマントで、鼻と口以外、男の人相を掴むことはできなかった。

男は小さな白い台へ両腕を乗せ、体重を預けるように前屈みに座っていた。

影の落ちた目元とは対照的に、薄い唇だけが紅をさしたように赤く、青白い素肌が、それをより鮮烈に浮かび上がらせていた。

ラギは無言のまま、男を見下ろす。

男はうつむいたまま、赤い唇を動かした。

「気をつけたほうがいい」

老いているのか、少年なのかさえわからない、不思議なトーンの声をしている。

聞き覚えのある、懐かしい声色―・・・

ラギは胸の辺りに何かがつかえたような、言葉にならない感覚に包まれた。

笑いを含んだ声で、男は繰り返し言った。

「あんたに、死の影が――迫っているよ」

しかし、それに応えたのは、ラギではなかった。

「よぅ、インチキ占い師。こいつをナンパしてイイのはオレ様だけなのよ」

横から割って入ったフライは、台を叩くように左手を乗せると、余裕の笑みを浮かべながらも、殺気立ったアイスグリーンの瞳で男を睨みつけた。

男は顔も上げずに、薄く笑った。

フライは、煙草の灰を落とした。

「“死を招くハエ”――ドクター・フライか」

「・・・ふん、その通り名がグランドラインで聞けるとは、オレも随分有名になったもんだねェ」

「1つ訂正させてもらう」

「あン?」

「僕は“占い師”ではないよ。“予言者”だ」

「占いも予言も一緒だろ。てめェらの“妄想”だ」

「違うね。信じるものにだけ有効なのが占いだよ。
僕の予言は、信じようが信じまいが、起こるべき未来には関係がない」

フライは苛立つように一瞥を返してから、後方のシャンクスに目を向けた。

ラギはその“予言者”をじっと見つめたまま、微動だにしない。

「ふーん、予言者か」

無精ヒゲをさすりながら、シャンクスは子供の眼で笑った。

「だったらオレの未来もわかるんだろ?」

ベックマンは黙ったまま、深々と紫煙を吐き出した。
『やれやれ』とその口元だけが、声もなく動く。

男は、笑みを浮かべたまま、少しだけ哀しそうに言った。

「――“赤髪のシャンクス” 残念だけど、あんたの未来だけはわからない」

「ほぅ、予言者サマでもわからねェのか、オレの未来は」

シャンクスは挑発するように笑う。

男はさして気にする様子もなく、頷いた。

「そう、あんたの未来は一度として同じ光景を僕に見せない。
どれがあんたの未来なのか、特定できないんだ」

優雅に輝く、赤髪が、さらさらと風になびいた。

「――未来なんざ、そんなもんだろ」

しかし、男は僅かに首を振って、異を唱えた。

「あんた以外の未来は、この眼に見えている。
ドクター・フライ あんたの未来も――いや、宿命というべきかな
それも、決して変えられない」

神託を下すように、男はフライを指さした。

「おーおー上等だぜ。予言してもらおうじゃねーのよ」

ラギの死を宣告されたことが気に入らないのか、フライは珍しく不機嫌だった。

「あんたは大切な人の命を、失い続ける

――まさに“死を招くハエ”だよ

救いたいと思っても、あんたには誰も、救えないのさ
呪われた医者とは、三文小説より滑稽だね」

フライの動きが止まった。

唇が、怒りと哀しみに、歪む。

短くなった煙草を深々と吸い込んでから、フライはそれを足元に落とした。

「それでもオレは――医者であり続ける」

「――では、その男を、死の影から守れるかい?」

男はまた、口元に冷たい笑みを浮かべた。

「おまえはそこに座って、他人の未来を予言するだけか」

フライが口を開くより早く、場違いなほど陽気な声を上げ、シャンクスは片腕で伸びをしながら、くるりと背を向けた。

そして店先のリンゴを掴み、2,3度宙に躍らせたあと、振り返って言った。

「その姿が――おまえの未来なのか?」

男は、沈黙した。

「おまえも、海へ出てみりゃいいのさ。
他人の未来なんかより、よっぽど面白いものがその辺にごろごろしてるぜ」

絶望に満ちた男の空気を吹き飛ばすように、シャンクスは力強く笑った。

しかし

「僕に未来は――ない」

凛とした声が、柔らかな風を、切り裂いた。

そして男は、ようやく顔を上げると

ラギをまっすぐに見据え

哀しみに沈んだ目で、微笑んだ。

 

「もう・・・おまえと、同じ海には生きられない」

 

透き通るような、アクアブルーの、大きな瞳

赤みがかった、琥珀色の髪

手を離したあの日から
一度も、忘れたことはなかった

遠い記憶の中と同じ、太陽のような、眼差し――

ラギは、息を呑んだ。

 

 

「クレイ」

 

 

――刹那

目の前が、赤色に染まった―――・・・・・・・・・

 

 

 

 

「――ラギ!オイ、しっかりしろっ!」

 

混濁した意識の中でオレの目に映ったのは、この世の終わりを告げるアルカロイドに塗れた夕闇の空だった。

あたりはやけに静かだ。

生暖かい血液がどくどくと音を立て、流れ出しているのがわかった。

痛みは感じない。

硝煙の匂いが立ち込める瓦礫の中で奪われてゆく体温を、ただどうすることもできず赤く染まった震える右手を、崩れかけた石の壁へと伸ばした。

もう、届くはずなど、ないというのに―――

「・・・ったく、派手に撃たれやがって。
何に気をとられてたんだ、おまえは」

空へ伸ばされたその手を、フライが力強く掴んだ。

流れ出る血液よりも、それはもっとずっと温かいものだった。

「なァ・・・フライ・・・」

「遺言なら聞かねェぞ」

フライは「もう喋るな」と、自分の咥えていた煙草で、オレの口を塞いだ。

だけど・・・煙草の味なんて、ひとつもしなかった。

息を吸うたびに、錆びた鉄の味だけが、広がっていく。

「ホラ・・・見ろよ、あの壁画・・・キレイだろ・・・」

暗闇に堕ちてゆく世界の中で

唯一、輝きを失わず、堂々とそこにあった。

15年前、サウスブルーで描かれたクレイの壁画は、色褪せることなく今も生き続けていた。

見るものに幸福を与え、慰めを与え、希望を与えるクレイの魂が、約束の海――グランドラインで息をしていた。

「フライ・・・知ってたか・・・この島の、伝説・・・」

「何でこんな時だけぺらぺらと喋るんだよ」

“死を招くハエ”はオレを死の影から守ろうと必死に見えた。

震えているのは、オレか、フライか――

大丈夫さ・・・

おまえには何も、背負わせないから

 

石畳はどこまでも続いていた。

しかし、そこには活気に溢れた人々の笑顔などなかった。

当たり前のように何もなかった。

廃墟と化した街には乾いた風が吹き抜けてゆくだけだった。

「――この島は・・・“絶望と希望の島”とも、呼ばれているんだ

幻に・・・逢えると――あの世へ繋がっていると、ずっと――信じられてきた・・・」

 

それは

虚構と、現実が入り混じった

身勝手な幻想

幻でもいいと、願い、祈る

時折現れる

瓦礫の、ゴースト

 

「生きてたんだ・・・あいつは

あいつの魂は、ずっとオレを・・・待っていたんだ―――」

溢れる涙にクレイの笑顔だけが、雪のように溶けていく。

夕日の残光を受け、崇高に輝く壁画の女神は

哀しそうに、そしてとても穏やかに、微笑んでいた―――

「やっと逢えたな・・・クレイ・・・」

呟いた言葉は、光の中に吸い込まれるように静かに消えていった。

 

 

-END-

 

 

・・・いや、ラギ死んでませんが(笑)

いつもよりもっと、ワケわからない話を書いてやろうとそんなお話でした(←妙な開き直り)

「ワケわからねェ!」という消化不良なカンジでOKです☆(よくない)

まー直椋の書く(描く)ものは雰囲気を楽しんでいただくことが第一、で。多分。
これも最初、マンガで描く予定だったんですが
こういうのは小説のほうが伝わりやすいかなと・・・

ここまで、お付き合い下さりありがとうございましたー!

あ、毎度のことながらイメージやら歌詞やらタイトルは
某・心酔バンドより拝借してます(絶対、愛を仇で返してる/笑)

 

up 2004/03/30