Fly for you

 

運命なんて言葉、安っぽくてどうにも嘘臭ェけど

それでも

もう1度逢わなきゃならないヤツには、いつか必ずまた逢える

だから大丈夫だと

逢いたいと願うヤツには、逢える時が来るのだと

おれには、そう思えてならない

たとえそれが

自分にとって、都合の良い願いだとしても――――・・・・・・・・・

 

 

 

 

Fly for you

 

高い位置にあった太陽は陰り、低く垂れ込めた厚い雲からは今にも冷たい雨粒が落ちてきそうだった。

真昼だというのに辺りは不気味なほど暗く、すでにむせ返る様な雨の匂いに支配されている。

おれは空を見上げ、何を思うでもなく1軒の寂れた酒場の前で足を止める。

町外れのこの酒場にはおおよそ活気というものが欠けており、逆に客を拒絶しているようにさえ見えた。

ただ単に昼日中から酒を飲む連中がいないだけだろうか

それとも、あの噂どおり“あの男”がいるから、誰も寄り付かないだけだろうか―・・・

出航まで時間がないと知りながら、躊躇なくここまで来てしまった自分に呆れてはいたが、引き返そうとは考えなかった。

食料調達の為だけに寄ったこの小さな島で、あいつとの再会がおれを待っていることなど、つい数分前まで知る由もなかったのだ。

 

「―――“火拳のエース”さ、間違いねェ!」

煙草を買い忘れたおれは、荷物を全て新入りたちに任せると、無愛想な店主のいる雑貨屋へと独り戻った。

だが、店の戸を開けようと伸ばされた腕は空中でぴたりと止まった。

通りを行く男たちは、興奮気味に話し続けている。

「あの背中のマークは白ひげに違いねェ」

「何だってそんなヤツが独りでこの島にいるんだよ」

「そんなこと知らねェよ。兎に角関わらないほうが身のためだ」

「――おい、エースがこの島にいるのか?」

突然声をかけられた所為で、飛び上がるほど大袈裟に驚いたその2人組は、恐る恐るおれの方へ振り返った。

「な・・・なんだよ、あんた賞金稼ぎか?」

「バカ、この男は“赤髪”んとこの―――」

「おれのことはどうでもいい。エースはいるのかと訊いてるんだ」

「いくらあんただって能力者には勝てっこねェ」

おれは少しうんざりしながら答える。

「戦うわけじゃない」

「本当に火拳かどうか知らねェが、その男ならこの先の酒場の方へ歩いていったぜ」

「酒場か・・・丁度いいな」

おれは口の端を上げて微かに笑った。

それを殺気と勘違いしたのか、がたがたと震える男たちは逃げ腰のままその場から離れようとしながらも、口だけは達者に動かし続けた。

「海賊同士の争いなら他所でやってくれよ!」

「“火拳”と“赤髪”に暴れられたらこっちはいい迷惑だぜ」

「だから、戦うわけじゃないと言っているだろうが」

「じゃ・・・じゃあ―・・・」

いちいち説明するのも面倒臭い。

おれは踵を返して、港とは逆方向に歩き出した。

「―――酒を酌み交わすだけさ」

連中には聞こえない声でそう呟くと、足元の赤土が、ふわりと舞い上がった。

辺りはまた一段と暗くなっていた。

島に着いたときは眩しいほど晴れ渡っていたというのに―・・・
遠雷は確実にこの島へと近づいているようだ。

だからラギはあんなにもしつこく、早くこの島を離れようと言っていたのか。

『航海士の言うことは聞くもんだぜ』

元々感情を見せないラギだが、その顔を一層不機嫌にさせおれを睨む様が目に浮かんだ。

 

「いらっしゃい」

不明瞭な発音が低く響き、ことりとグラスを置く音が聞こえた。

カウンターには黒い人影が2つあった。

1つはこの店の主人らしき小さなものだった。

そして店主から少し離れたところには、この店の唯一の客である、がっしりとした体格の男が背を向けて座っていた。

―――本当に、あいつだろうか?

記憶の中の少年は、あんなに逞しい肩も、長い手足もしていなかった。

それに、あの、背中の―・・・

また遠くで、雷が響いた。

「ラムを1杯くれ」

おれはその男の背中に向かって言った。

男は身動き一つしなかったが、気配だけは一瞬にして緊張したのが伝わってきた。

男がゆっくりとこちらに顔を向けた瞬間―――

目も眩むような青白い閃光が視界を覆った。

そしてすぐにまた闇へと飲み込まれた店内に、ゴロゴロと低い雷鳴が地を這うように押し寄せてきた。

だがおれの瞼の裏には、10年前の面影を残した少年と、鮮やかに浮かび上がった背中の髑髏が、残像のように、いつまでも消えなかった。

「――よぅ・・・久しぶり」

「でかくなったなァ、エース」

おれは軽い足取りでエースの隣に腰を下ろし、頭をぽんと撫でた。

エースはまだ少し信じられないという表情をしていたが、それもすぐに、年相応のあどけない顔に戻った。

商売気のない店主は気を利かせたつもりか、重い腰を上げると年季の入ったランプに火を灯して、おれ達の近くに置いてくれた。

仄かな光がゆらゆらと影を映す。
オレは、最後の一本となった煙草を取り出した。

するとエースがそっと指先を向けた。

「・・・・・・・」

ランプの灯よりも淡い炎が、静かに燐を燃やす。

「――サンキュ」

「結構便利だろ」

エースは少し照れたように笑い、鼻の頭を掻いた。

「“火拳のエース”か・・・まさかおまえまで悪魔の実を食っちまうとはな」

「はは・・・おれも驚いた。でもな、結構気に入ってるんだぜ?
海には嫌われちまったけどな、炎はおれの性に合ってるんだ。
―――悪魔の実ってのはさ、食うヤツを選ぶんじゃねェのかな・・・」

指先で揺れる柔らかな火を見つめながらエースはそう言った。

店主が無言で置いた鼈甲色に輝く酒を手に、おれは煙草を咥えたままエースの方へグラスを向ける。

「―――乾杯でもするか」

「何に?」

「勿論、海賊としての再会にさ」

カシャンと乾いた音がおれ達の間に響く。

あの幼かった少年と、こうして酒を酌み交わす時が来るとは、
10年前には、現実味のない世界でしかなかったというのに・・・

こうしていざその時が来てみると、何の違和感もなく受け入れている自分がいた。

だが心の何処かでは、淋しいような嬉しいような、上手く説明できない感傷的な気分になっていたかもしれない。

流れた時の重さは、やはり――・・・・・・

「10年か・・・早ェもんだな」

そう言うとエースは少し微笑んだ。

グラスに口をつけたと同時にまた激しい光が暗い店内に走る。

そして雷鳴が轟く頃には、空を割ったような大粒の雨が勢いよく降り始めた。

―――雷雨はおれ達から言葉を奪った。

だが、沈黙が不思議と心地良かった。

何もかも忘れてしまいそうになるほどの穏やかな時間が過ぎてゆく。

昔からエースといる時に感じていた同じ感覚を思い出しながら、おれは静かに煙草を燻らせていた。

「―――おれは、あんたと同じ・・・海を見たいとも思っていた」

どれくらいそうしていただろうか。

次第に雷鳴は遠ざかり、この酒場だけが取り残されたかのように辺りは静寂に包まれた。

店主に貰った煙草を咥えたまま、しとしとと降り続ける雨音の中で先に口を開いたのは、エースだった。

独白のように、エースは一つ一つの言葉を大事そうに繋いでいく。

「ガキの頃から、あんたはおれにとって誰よりも憧れの海賊だった。

シャンクスがあんな風に進んでいけるのは、副船長――あんたがいるからだってそう思ってた。

―――いつだったかあんた言ってただろ?

『おまえは海でのあの人を知らない』って。

でもそれはあんたに対しても同じことだった。

・・・それにおれは判ってたんだ。

あんたもシャンクスも変わらないんだって。

何処にいてもどんな時でも、シャンクスにはあんたがいて―――・・・それは、息をするみたいに当たり前のことなんだ。

おれには・・・それが羨ましくて、少しだけ―――悔しかった」

エースは唇を濡らすようにそっとグラスに触れた。

――たった10年・・・

それでも、

当たり前のように繋いだ手が、今ではこんなにも遠く感じる。

しなやかに伸びた手足も、聞き慣れないその声も

そして――その、背中の信念さえも・・・

 

「あんたの強さも優しさも、おれには見せなかった冷酷ささえも・・・
おれにとって、本当に、どんな海賊よりも――憧れだったんだ」

 

――同じ海を見たいと、願わなかったといえば、嘘になる

 

「でもおれはもう―――あの男に、出逢ってしまったから―――・・・」

おれは微かに、微笑む。

譲れないものを見つけたと、その背中を見れば、嫌でもわかるさ。

もう手を伸ばしても、あの頃には戻れない。

無邪気に笑いあっていた、10年前には・・・

それを哀しむわけじゃない

同じ海を、駆けることはできなくても

自分の足で走り始めた未来を、エースは迷うことなく進んでいるから。

真っ直ぐに前を見つめるエースの眼は、子供の頃のままの澄んだ綺麗な瞳をしていた。

 

「そろそろ行くか」

おれは立ち上がり1000ベリー札を数枚テーブルに置いた。

「おい、あんたら・・・この島を発つなら早い方がいい」

「嵐なら今過ぎたじゃねェか」

「あんなモンはただの通り雨さ。次のが本物の嵐だ」

エースは帽子を手に取り、おれより先に店を出ると空を見上げ「こんなに晴れてるっていうのに本物の嵐が来るのか?」そう言っておれの方に目を向けた。

雲の切れ間から光の筋がキラキラと輝きながら、地上を射している。

水たまりにも反射して、寂れて見えた酒場さえ綺麗に見えた。

「じゃあ、ここで・・・あんたに会えて、よかった」

はにかんだ笑みで、エースは右手を差し出した。

おれは短くなった煙草を足元に落とす。

――そして、エースの右手を引き、そのまま、抱き寄せた。

 

「またな、エース」

 

羽ばたくことを憶えた鳥は

もっと高く

もっと遠くを目指して

どこまでも飛んでゆくのだろう

それは、少し・・・淋しいけれど――

 

「あんた、10年前もそう言ってたな」

腕の中でエースが笑った。

もし・・・

願い続けても良いというのなら――

 

「遅い」

「てめェ、頼んだ煙草はどうした」

甲板に上がると、ラギの威嚇と、フライの非難が同時に飛んできた。

「あ、そうだ、煙草・・・」

おれは手ぶらで戻ってきたことに今さら気付く。
するとフライはわざとらしくため息を吐きぶつぶつと文句を唱えた。

「たいした副船長殿だな、まったく。何してやがったんだ、独りでフラフラと」

「おまえに言われたくねェぞ、鬼畜医者め。
煙草ならラギに貰えばいいだろ。部屋中葉タバコだらけじゃねェか」

「オレは煙草屋じゃない」

ぼそりとラギは言い放つ。

「どうでもいいが、さっさと出航しよーぜ~」

いつの間にか背後に立っていた、寝起き全開のシャンクスが大あくびとともに口を開いた。

あの雷雨の中を、昼寝してたのか・・・この人は。

不毛な言い争いを止めたおれは、シャンクスの言うとおり出航の号令をかける。

錨があげられ、風を受けた帆が緩やかに船を操ってゆく。

遠い空に積乱雲が立ち上っているのが見えた。

おれは船尾に立ち遠ざかる小さな島を見送る。

抱き寄せたエースの熱を、まだ微かに感じながら

いつの日か

同じ海を見たいと

 

そう――願った。

 

 

-END-

 

 

マンガVer.のオリジナル編・・・とでも申しましょか(無駄に長い・・・笑)

しかもオリキャラが・・・
説明もしてない新オリキャラが・・・

因みに、副船長・航海士・船医は
ヘビースモーカートリオってことで(笑)

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

up 2003/08/05