Butterfly

 

 

 

「よぅ・・・“海賊処刑人”がおれに何の用だ?」

 

――男は口の端を上げ優雅に微笑んだ。

淡いランプに照らされ、その髪は禍々しいまでに紅く光る。
鋭くも優しげな眼差しと同じように、それはオレを惹きつけるには充分すぎるほど――美しかった。

「オレを知ってるとは、光栄だな」

目深にかぶった帽子に手を伸ばし上目遣いに視線を合わせると、男はより一層不敵な笑みを浮かべ、酒瓶に口をつけた。

整った顔の左目には、鮮やかな3本傷が走っている。
手配書を何度か見たことはあるがいつでもこんな風に笑っていた。

俗世間にはまるで興味がない――

自由を求め、まだ観ぬ世界を求め、大海原を駆けてゆく、夢追いの澄んだ瞳。
反吐が出るような海賊ばかりに会ってきたせいか、この男を前にした途端海賊というものに初めて興味が沸いた。

警戒などしていない――しかしそこには一分の隙もなかった。
余裕すら感じられるその物腰に少し呑まれそうになる。

「だが――海賊処刑人が海賊を前に『何の用』もないんじゃねェか?」

「生憎だがご覧の通り宴の最中だ。賞金稼ぎと遊んでるヒマはねェんだよ」

ごとりと酒瓶を置くと、赤髪のシャンクスはオレから目を逸らした。
静まり返った店内にその音はやけに大きく響いた。

「命より酒か?」

オレは呆れて笑う。
虚勢を張っているわけでもなく、オレを追い返そうとしてるわけでもなかった。
ただ、酒を飲んで楽しんでいたことを邪魔されたのが気に入らないらしい。

噂には聞いていたが本当に不思議な男だった。

飄々としているくせに妙な威圧感を放っている。
そして人を惹きつける独特の存在感――この酒場に足を踏み入れた時点で、シャンクスの周りだけ空気が違っていることはすぐに感じた。

「ここの酒は美味いんだぜ。そうだ、お前も飲んでいくといい」

シャンクスはそう言ってカウンター越しにラムを1杯所望した。

パイプを咥えた店主が無言でグラスを置く。
海賊たちに店を占拠され、諦めたような仏頂面でオレを一瞥すると「騒ぎを起こすな」と目で訴えてきた。

隣りに座るよう促し、シャンクスは美味そうに酒を飲み干した。

それでもまだ店中の男たちはオレへの殺気を解こうとはしていない。
成り行きを見守っているというよりは、店主の思惑とは別に騒ぎの1つでも起きやしないかと楽しみにしているような顔付きだったが、奥に座る黒髪の男――確か、副船長のベン・ベックマンだったか――は「やれやれ」と溜め息を吐き煙草を燻らせていた。

――世界政府さえも手を焼くほどの大海賊

1人1人の懸賞金も相当だが、この“赤髪のシャンクス”に至っては10年前に片腕を無くしてからも、その額は上がる一方だった。

加えてこの絶大のカリスマ性――

オレは少し躊躇したあと帽子を取り、シャンクスの隣りに腰を下ろした。

「海賊に酒をおごられるとはね」

「たまにはいいんじゃねェか?」

ガキみたいな顔でだはははと豪快に笑うと、シャンクスはテーブルに置いてあった煙草に手を伸ばした。
そして右手だけで器用に火を点け、実に美味そうに紫煙を吐き出しながらこう言った。

 

「殺す気もないのに何故ここへ来た?」

「・・・なんだ、ばれてたのか」

 

オレがわざとらしく答えると、シャンクスは楽しそうに微笑んだ。

海賊どもはいつの間にか先ほどまでのバカ騒ぎを再開し、ボロい酒場が壊れるんじゃないかと思うほど、暴れては唄い陽気に酒を酌み交わしていた。

絵に描いたような海賊の宴――

横目でそれを見ながらオレは微かに苦笑を洩らした。

「おれはお前と一戦交えてもよかったんだがな」

「へェ・・・」

壁際に座るベン・ベックマンの鋭い視線がオレと交差する。
とっさに身構えたオレへシャンクスは笑いながら酒を勧めた。

「よせよせ、もう萎えちまった。それに言ったろ?
端から戦う気のない奴を相手にするほどおれはヒマじゃねェんだよ」

酒を飲むのに忙しいとでもいうようにシャンクスは空のボトルを店主に示した。

「あんたみたいな大海賊が賞金稼ぎをいちいち憶えてるのか?」

オレはシャンクスから1つ飛ばしたイスに座り直し、その横顔を伺った。

「ははっ、お前おれが会ったこともない他人の名前なんざ覚えているようなやつだと思うか?
――この海にはな、海賊も賞金稼ぎも腐るほどいるんだぜ」

「だから、なんで――」

シャンクスはニヤリと笑い、オレのグラスに酒を満たした。
そして自分も水を飲むようにゴクゴクと胃へ流し込む。

「お前の噂だけは忘れられなかったからさ」

「オレの・・・うわさ?」

シャンクスは煙草を咥え頷いた。

「“海賊処刑人シュライヤ・バスクードは、血の涙を流す”ってな。
戦闘中に泣いてるように笑うと、そう聞いた」

「なんだかカッコいい噂じゃねェな、それ」

オレがそう云うと、シャンクスはまた豪快に笑った。

「大体“海賊処刑人”ってのも誰がつけたんだか・・・まったく物騒な話だ」

「ホントのことだろ」

意地悪く笑うシャンクスをオレは軽く睨みつけると、懐から手配書を取り出しテーブルに広げた。

「オレが本当に殺したいのはこの男だけさ」

「ふん、ガスパーデか・・・」

シャンクスの目の色が変わった。
相当飲んだであろう酒も一瞬にして抜けてしまったような、そんな凶悪な眼光で手配書を睨みつけている。

「“ハンナバル”」

「え?」

「そこに行きゃ会えるぜ、“将軍”にな」

つまらなそうに呟くと、シャンクスは煙草を揉み消した。

「不定期に行われる賞金レースがあってな、今年はそれにガスパーデも一枚噛んでるそうだ。
別に止めやしねェが、まず間違いなくくだらねェ罠が張ってあるだろうよ」

「レースね・・・」

オレは手配書を握り締めた。

 

――8年

 

あの日すべてを奪われ、もう失うものなど何1つない。

憎しみは途切れることなくオレの中で燃え続けている。

いつの間にかオレの名と共に付いてまわる様になった“海賊処刑人”の呼び名も、シャンクスの言う通り、体に染み付いた血の匂いと同じ――簡単に消せるものではないのだろう・・・

 

「なんだ?」

視線に気付き顔を上げると、シャンクスは頬杖をついて静かに笑っていた。

「“血の涙を流す”か。ホント・・・噂通りだな」

海賊どものバカ騒ぎが、何故か遠く聞こえた。
よく通るシャンクスの声だけがオレの耳に心地良く響く。

「シュライヤ」

「・・・・・・」

「お前が選んだ生き方だ。他人がとやかく言うことじゃねェ」

「そうさ、これがオレの望みだ」

「死ぬ為に生きるのか、お前は」

「もう―・・・失うものなど、何もないからな」

「・・・・・・・・・」

シャンクスはふっと息を吐いた。

澄んだ瞳がオレを捉える。

「――憎むより、笑え。

また、新しい光を手に入れればいい」

「・・・・・・・・・」

オレはシャンクスから視線を逸らした。

「海賊が説教か?
――どっちにしろもう遅い。オレはガスパーデを殺す為に多くの血を浴びてきた」

今まで復讐のためだけに生きてきた。
腕を磨くにはそれ以上に殺さなければならなかった。

そう・・・

これが望みさ

迷いなどない

あの男を殺すことだけが――オレにできる唯一の・・・・・・

「・・・なぁ、シュライヤ」

シャンクスは深緑色のボトルを眺めながら、穏やかな口調で言った。

「傷ついちまった羽でもよ、まだ空は飛べるぞ。

おれは片腕を失ったけど、その代わりにもっとすごい楽しみを手に入れた。

――過去を見て歩いてたら、太陽の光は・・・見えやしねェよ」

オレは一気に酒を煽ると、帽子をかぶり席を立った。

 

「いいんだ。
オレの世界に、太陽はなくても――」

 

「シュライヤ」

 

反射的に足を止める。
でももう――その瞳を見つめることはできない。

海賊でありながら、眩しい世界を生きるあんたの眼は、

オレには強すぎて・・・

 

「今度は1杯おごれよ」

 

オレは振り返らずに片手を上げると、軋む床板を踏みしめ、いつまでも続く酒宴をあとにした。

 

――――――――――――

 

―――――――・・・・・

 

「なに笑っとるんじゃ、シュライヤ」

遠ざかる小さな帆船へ、アデルが笑いながら大きく手を振る。

船は海軍の攻撃などものともせず、滑るように進んでゆく。

オレは風にはためく麦わらのドクロを見つめた。

『――片腕の代わりに楽しみを手に入れた』

『――貰ったんじゃねェ!預かってんだ!!』

似たような眼をした2人の男を、揺れるドクロに重ね合わせる――

バカみたいに真っ直ぐで

いつだってきっと

前を向いて歩いてる

 

シャンクス・・・

あんたの“楽しみ”ってやつは、ホント――とんでもない男だぜ

 

「――なぁ、じいさん」

「なんじゃ」

「オレもまだ、飛べるかな」

「なに言っとる。お前さんはもう、飛び始めたじゃないか」

「・・・・・・!」

 

アデルが振り返ってオレに笑いかける。

8年の空白など、少しも感じさせないほどに――

 

「ああ・・・そうだな」

見上げた空はどこまでも青く、どこまでも澄んでいた。

オレは太陽の眩しさに目を細める。

光に包まれた小さな海賊船は、水平線の向こうへゆっくりと――消えていった。

 

 

-END-

 

 

 

どこかでシャンクスとシュライヤが会っていたら妄想ストーリーでした。

お付き合いありがとうございます!

 

up 2003/04/27