Loyal Dog

 

 

値踏みでもするようにたっぷりと30秒間おれを眺めたあと、大将・青キジは気だるそうに口を開いた。

「相変わらず世渡りがヘタだなァ・・・おまえは」

部屋へ入るなり葉巻を取り上げられたおれは、居心地の悪さを紛らわす術もないまま、折れそうなほど長い足が、ソファーにゆらりと横たわるのをただ黙ってみていた。

―相変わらずなのはお互い様だ

バカみてェに強いくせに、腹が立つほどやる気がない。
いつでもぐだぐだと寝てばかりで、目を離すとすぐ『散歩』と称してどこかへ消えちまう厄介な上官だった。

慕う者より、扱いに困る者の方がはるかに多かったにも拘らず、当の本人は気にする様子もなく、ただただマイペースに事を進めていき、元帥の望む成果を手土産に帰還しては、またぐだぐだと日がな一日を過ごす姿をおれは嫌というほど見てきたのだ。

海軍本部“最高戦力”と謳われ、若くして“大将”の地位を得た青キジ―クザン―は、“組織”の中に在りながら、常に泰然とした雰囲気を放つ不思議な男だった。

「アラバスタの件は承知した。だが、駆け出しの新兵でもあるまいし、たった一度捕り逃がしたくらいで、何をそんなに熱くなってやがる。バカ正直も大概にしろよ」

テーブルに用意されていたティーポットを手に取ると、おれは勝手に紅茶を注ぎ、クザンと向かい合う形で、勝手にソファーに腰を下ろした。

「・・・笑ったんですよ」

「あァ?」

琥珀色の中にゆらゆらと映る間の抜けた顔を眺めながら、おれは独り言のようにつぶやいた。

「海賊王が処刑された場所で、同じように、首を落とされそうになった瞬間・・・あいつは・・・“麦わらのルフィ”は、笑ったんです」

恐怖に震えることもなく、死に絶望することもなく。

海賊王と同じように、笑ったんだ。

今でもはっきりと覚えている。

青白い閃光が暗雲を割ったその瞬間、熱い電流が、確かにおれの体をも貫いたのだ。

「それだけか?」

「それだけです」

ぬるい紅茶を一気に飲み干す。

胸につかえていたものが、ようやく取れた気がした。

クザンはだらりと横たわったまま、広い天井を見つめながらぽつりとつぶやいた。

「―覚えてるか?スモーカー・・・
昔、麦わらかぶった男を捕り逃がしたことがあったろう」

「“赤髪のシャンクス”ですか」

「ああ、そうだ」

そのときの光景を思い出したのか、くくっと喉の奥で笑った。

“鷹の目のミホーク”との勝負の最中に仕掛けたのが、間違いだった。

海軍船などあっという間に斬り刻まれ、踊るように長剣を振るう赤髪と、勝負を邪魔されて機嫌を損ねた鷹の目は誰にも止めることはできず、ジョリー・ロジャーが憎たらしい笑みを浮かべ遠ざかるのを見送るしかなかった。

あの頃はまだ世界政府のジジイどもは軽視していたが、“赤髪のシャンクス”といえば今では新世界で“四皇”の一角を担うほどの大海賊へとその名を轟かせている。

まったく、不愉快としか言いようがない。

さらに不愉快なのは、その赤髪海賊団の船医と妙な腐れ縁で繋がったままだということだ。

一度命を助けられたことが、おれの人生の汚点といえよう。

海賊と馴れ合う気はない。

だがいつもペースを乱される。

“赤髪のシャンクス”にせよ、“麦わらのルフィ”にせよ。

おれのペースなどあいつらには一切通用しないのだ。

それどころか、気が付くとあいつらのペースに巻き込まれている。

まったく・・・不愉快としか、言いようがない。

「気をつけろよ、スモーカー。
おれたちは、麦わらかぶった男と相性が悪い」

「海賊と相性が良いも悪いもないでしょう」

長い腕を伸ばして空のティーカップを差し出してきたクザンに、おれは紅茶を注いでやった。

「ぬるいじゃねェか、バカヤロウ」

ぶつぶつと文句を云いながらも、クザンはそれをごくごくと飲み干す。
熱すぎるとまた文句を言われるのだから、本当に厄介な男だ、この人は。

「おまえの“正義”は上層部にゃ通用しねェぞ」

「ただの飼い犬に成り下がるなら、死んだほうがマシだ。
おれはおれのやり方で、麦わらを捕まえるだけです」

クザンはうんざりしたように、わざとらしいため息をついた。
そしてゆっくりと体を起こすと、力強い瞳でまっすぐにおれを見つめた。

「バカと権力は使いようってな。・・・いいか、スモーカー。
てめェの“正義”を語りてェなら、それなりの地位に登りつめろ。
大佐くらいでいきがってるようじゃ先は見えてる。
バカ正直に突っ走るだけなら、“ただの飼い犬”の方が数倍マシだ。
覚えとけ」

それだけ言うと、またすぐごろりと横たわり、額のアイマスクを大儀そうに目元までずらしてからくしゃみをひとつすると、だらりと上げた左手を2.3度振った。

自分から呼び出しておいて、昼寝するから出て行けと追い払われたおれは、やれやれと腰を浮かせドアノブに手をかけた。

「どんな海賊にも執着することなんざなかったおまえを熱くさせるその男に、おれも一度会ってみたいもんだな」

振り返ると、クザンは不気味なほど嬉しそうに口元をほころばせていた。

「おれが見つけたんですよ、横取りしないでください」

「言ったろう、麦わらかぶった海賊とは相性が悪い。
ふふ・・・きっとまた逃げられるぞ」

もう一度新たな誓いをたてるように、おれは開け放たれたドアの先を見つめたままつぶやいた。

「おれの誇りに賭けて、今度こそ捕まえます」

久しぶりの本部は、懐かしくも居心地の悪い空気を感じさせた。
組織という堅苦しさに身の置き場を失いそうだった新兵のおれには、捉えどころのないある種のアウトローさをまとうクザンの存在は、認めたくはないが安心できる居場所のひとつだった。

くだらないことを考えていた所為か、口元の淋しさに気づいたときには、すでに迷路のような本館を抜け、色とりどりの花が咲き誇る中庭へと辿り着いていた。

いつものように葉巻を2本くわえ火を点ける。

クザンも麦わらも大差ない。
おれを振り回す連中は、どいつもこいつもワガママで自分勝手なヤツばかりだ。

ああ・・・本当に、頭にくる。

海軍船がずらりと並ぶセントラルポートに戻ったおれの元へ、たしぎが頼りない足取りで慌てて駆け寄ってきた。

「お、おかえりなさい!スモーカーさん!」

「たしぎ、おまえ何をそんなに慌ててんだ」

「あの、それが・・・たった今連絡がありまして、予定通り勲章の授与式が執り行われるそうです。昇格の話もありがたく受けるようにと―」

「・・・あのヤロウ」

「え?」

おれは海軍本部のバカでかい城を見上げ、大声で笑った。

クザンの部屋に、敬礼する人影が見えた。

「ス・・・スモーカーさん・・・?」

不思議そうな顔のたしぎを横目に、おれはまっすぐ歩き始めた。

 

 

やるべきことが

 

進むべき路が

 

貫き通す誇りが

 

目の前に、広がっていく気がした。

 

 

忠実な犬になんざ、死んでもなれやしない

だが、誇りを失った負け犬になるくらいなら

おれは気高い野良犬のまま

この海を、越えていこう

 

 

 

-END-

up  2007/08/23

 

 

 

 

 

何年か前に書いたものをガラリと修正。
そのときのお相手はヒナ嬢でしたが、今回はマイラブ☆クザン大将にチェンジ

本当はマンガで描きたかったのですが、文章にしたほうが早くお届けできるので
良いのか悪いのかわかりませんが、この形でお楽しみいただければと思います…

クザンとスモーカーについても、妄想をはじめると止まらなくなりますね~
ぐだぐだな上官に振り回される、まだまだ青い一等兵スモーカーとか(笑)

赤髪ほとんどでてきてませんが、これもまた直椋の弱い絆ということで。