Under the sun 3

 

 

あの嵐の夜から既に1週間が過ぎていることを聞かされたのはその翌日のことだった。

 

「ホント良かったよなぁ!
ドクターも言ってたけどおまえが生きてるのはまさに奇跡だな、奇跡!
何せ体中ハデに折れてたそうだからな。見かけによらず頑丈なんだな~おまえ」

シャンクスは酒瓶を手に部屋へ入ってくるなり、実に楽しそうに話し始めた。

ベッドへ近づくにつれこちらまで酔いそうになるほどの酒臭さが漂ってきた。
どうやら迎え酒のつもりらしい。

昨夜は敵船への勝利に一晩中この船はお祭り騒ぎで盛り上がっていた。

その間おれの存在など全くの無視だ。

例のドクターが唯一の救いだったのは確かだが、この船長と同じく酔っ払いと呼べる状態だったことには変わりない。

 

「オイ、お頭・・・こいつはまだ重体なんだぞ?いつ死んだっておかしくねェんだから」

戸口に立ったままで黒髪の男――ベックマン――は、火の点いていない煙草を咥えたまま面倒臭そうに言った。

「あ、そーか、そういやまだ危ないってフライも言ってたっけ。
でも大丈夫だろ、こいつしぶといから!おれさ、あの時酔ってたからほとんど憶えてねェけどあの状況で銃ぶっ放すんだから参るよな~」

・・・酔ってた?

てことは、おれは酔っ払いの気まぐれで助けられたのか?

「それは言えてるな。生命欲だけは一人前だ」

ベックマンは少し笑っておれを見た。

ホント・・・よく助かったな、おれは

ついてるんだか、ついてないんだか・・・

おれは改めて己の境遇に同情を憶えた。

「それよりおまえ早くよくなれよな?」

シャンクスは急にマジメな顔でそう言うと酒臭い顔をおれに近づけた。

この悪魔のような男でも普通に他人を気遣うこともあるんだな・・・と、思ったおれがまだまだ甘かった。

シャンクスは神妙な顔のままこう言い放ったのだ。

「おまえがおれのベッドを占領してるお陰で、おれはもう1週間もこの男と添い寝してるんだぜ?いくら特注のデカイベッドだからって冗談じゃねェっつの」

「あァ?そりゃこっちの台詞だ。大体あんたが勝手に潜り込んできたんじゃねェか、そんなにイヤならハンモックで寝りゃいいんだ」

「いや、おまえが淋しがるかと思って・・・」

しれっとした顔でシャンクスがそう言うと、ベックマンは言葉もなく嫌そうに顔をしかめた。

「・・・ふ」

おれは無性に可笑しくなって思わず吹き出してしまった。

「いてててて・・・・・・」

確か肋骨が何本か折れてるんだったっけ。
息をするだけでも体中痛いのに、でもどうしても笑いが止まらなかった。

そんなおれを2人は不思議そうな顔で眺めている。

「大丈夫か?こいつ」

「大丈夫だろ、おれ達の仲間だし」

「意味わかんねェよ、それ」

「あははははっ」

この2人の会話を聞いてると力が抜けてくる。
気が楽になるというか、どんな状況でも安心できそうな気がした。

いつの間にかおれはこの2人に順応、いや、毒されてしまったようだ。

「いいんスか?おれがこの船に乗ってても」

「イイも悪いもお前の夢なんだろ?」

「え?」

「1週間ずっとうわ言みたいに言ってたぞ『おれは海賊になるんだ』ってな」

―――憶えていない。

大体1週間経っていたことすらさっき知ったのだ。

「ま、この船に出逢ったのが幸か不幸か、おれにはわかんねェけどよ」

だっはっはっはと大口を開けて豪快に笑うと、シャンクスは「歓迎するぜ」そう言って右手を差し出した。

だがおれの右腕は包帯にぐるぐる巻きにされたままで動かすことも出来なかった。
だから笑って頷くと、シャンクスも満足したように微笑んでくしゃりとおれの頭を撫でた。

「あ、そうだ。おまえの右目だけどな、安心しろよ。傷から炎症起こしてるだけだからすぐ見えるようになるさ。あとは早いとこ体を治すことだな。―――で、早く酒飲むぞ」

まだこの人は飲むのか・・・

少しうんざりしてつい苦笑いを浮かべると、それを見透かすようにシャンクスは溜め息交じりに呟いた。

「あーでもおまえにはまだ酒は早ェか・・・」

「おれはもう17っすよ、酒ぐらい何でもねェ」

どう見てもおれと同い年ぐらいのシャンクスがやたらおれのことをガキ扱いするのがどうしても納得できず、ついむきになって言い返してしまった。

「へェ・・・17ねェ・・・んじゃ、こいつと飲み比べでもしてみるか?」

戸口に立つベックマンに視線を送りニヤリと笑う。

「底なしなのはあんたのほうだろ」

「なに言ってんだ、間違いなくおまえだろ」

「オイ新入り、1つ忠告しとくけどなお頭の見かけに騙されるなよ?
自分と同い年ぐらいだなんて思ってたら大間違いだぞ」

「え、違うんすか・・・?」

まんまとそう思ってた自分に一瞬血の気が引いた。
ふと横を見るとシャンクスは怖い顔でおれを睨みつけている。

「悪かったな、童顔で・・・やっぱヒゲでも伸ばすかなぁ~」

「あんまり変わらんと思うぞ?」

「いや、きっと船長としての威厳も自然と醸し出て・・・」

酔っ払っている所為かもうほとんど呂律が回っていなかった。

この時の決意を憶えていたとは思えないが、それからシャンクスは不精ヒゲと呼ぶに相応しいヒゲを生やし始めた。

だがベックマンの言うとおり、少年のような幼さを隠すまでには未だ至っていない――――・・・・・・

それからしばらくしておれの仲間入りと全快祝いという名目の元、盛大な宴が催された。

といってもそれまで何度となくこのバカ騒ぎを見てきただけに、いざ自分が加わったところで何ら違和感も感じなかった。

ガキの頃、町の酒場で恐る恐る見ていた海賊たちと少しも変わらない。
この時ばかりは誰も彼も陽気に浮かれ狂い騒ぎ続けていた。

飲めや歌えの文字通りの酒宴はこのまま楽しく終わるかと思われた―――

だが、そう・・・

ここが海賊船なのだと改めて思い知らされることになったのだ。

 

「―――これに触るな!!!」

赤い顔をしたスキンヘッドの男がおれの銃に手を伸ばしたことが始まりだった。

反射的に声を荒げるとそれまで騒がしかった船上は一瞬にして静まり返った。

「ケチケチすんなよ、いいじゃねェか」

それでも尚しつこく絡む男をまだ治りきっていない右手で思いっきり殴りつけると、酒樽まで吹っ飛びあっさりと気絶してしまった。
見守る船員達の間から短い口笛が聞こえた。
だがこの船を包む空気はピンと張り詰めたままだ。

「これはおれの兄貴の形見だ」

「なんだ、じゃあそれはただの飾りかよ!」

「ガキが持つにはもったいねェなあ!」

押し殺したように呟いたおれへ酔っ払いどもからすかさず野次が飛ぶ。

自分も酔っている所為か、1度頭に上った血はそう簡単には下がらなかった。

漸く自由に体が動かせるようになったこともあるのだろう。
おれは誰彼構わず殴りたい衝動に駆られていた。

「おれは・・・おれは銃の腕なら誰にも敗けねェ!!」

「だとよ、ヤソップ」

そう叫んだおれへ更に激しい野次と冷やかしと声援が飛んできたのだが、それまで静かに成り行きを見守っていたシャンクスが良く通るその声で、罵声をすり抜けるようにひと言そう言うと、誰もがそれを待っていたかのように騒ぎは一瞬で収まった。

シャンクスは意地悪い笑顔でヤソップと呼ばれた男をちらりと見ると、ドアを背に酒を飲んでいた男はそれを合図にゆらりと立ち上がった。

「そりゃおもしれェ・・・どっちの腕が本物か試してみようじゃねェか」

よく日に焼けたその男は自分の名前が入った黒いバンダナを強く結び直し、船首の方へ歩き出した。

明らかにヤソップは酔っている。

覚束ない足取りでゆらゆらと歩き舳先まで来てぴたりと止まり、そして振り返った。

ヤソップはポケットから何かを取り出すと、それを指先で軽く弾いた。

カシン、と乾いた音と共に宙に放り投げられたのは、銀色の小さな1ベリー硬貨だった。

月光に反射したそれをおれが確認するより早く、続けざまに6発の銃声が鳴り響いた。

それに合わせてコインが6回空中で踊ったのを見て、静まり返っていた船上が怒号のような響きを上げて割れんばかりの歓声に包まれた。

酔っ払いの目付きは信じられないほど真剣で、別人のように鋭く光っていた。

「じゃ、お前はこれだな」

シャンクスは酒瓶をごとりと持ち上げると、こめかみの真横で手を止めた。
またすぐに船上が静まり返る。

「おれに当てるなよ?」

酔っているのかいないのか―――・・・

先程よりも張り詰めた空気の中でシャンクスは挑発するように笑った。

『外しました』じゃ済まねェぞ?

殺気立ったベックマンがそう言っているのが充分すぎるほど伝わってきた。

いや、この船の上の誰もがそう思っていたに違いない。

ヤソップのいる船首まで重い足取りで向かい、ピストルを構えたおれの体は自分の意志とは逆にガタガタと震えて止まらなかった。

満月はいつの間にか雲に隠れ、頼りはいくつかの仄かに揺らめくランプの灯りだけとなっていた。

ピストルを向けられたシャンクスはずっと笑ったままだ。

それと対照的にベックマン以下クルー全員は、いつでもおれを殺せるように各々の武器に手をかけている。

ここで逃げても外してもその瞬間におれはあの世行きだろう・・・

おれは目を閉じて深々と息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。

意識を集中させる。

大丈夫だ

おれは外さない

もう1度狙いを定めようと目を開けたその時だった―――

「!!?」

この船の左後方で、赤い炎が一瞬だけ揺らめいたのが見えた。

月も星も雲に覆われ、次第に霧まで立ち込めてきている。

視界は非常に悪い。

おれが明らかに何かに気を取られていることにいち早く気付いたベックマンが、おれの視線の先に目を向けた。

「敵船だァ!!!」

見張り台からそう聴こえたと同時に、3発の大砲が派手な水しぶきと共に船尾付近で爆発した。
船は大きく揺れ、バランスを崩したおれはその場に倒れこんだ。

「くそ、折角旨い酒を飲んでたってのに」

シャンクスは先程の衝撃で柱に頭を打ったのか、顔をしかめながら手にしていた酒瓶を投げ捨て、飛ばされた麦わら帽子を被り直し立ち上がった。

「さっさと片付けて飲み直すぞ!」

そしてこの人らしいというか、やる気が出るのか出ないのかよくわからない号令をかけると、すらりと長剣を抜いた。

次第にその形を目で確認できるまでに、ジョリーロジャーを掲げた帆船が近づいてくる。大砲は何発も海面を弾き、水柱で一瞬にしてずぶ濡れになった。

道理で見張りすら気付くのが遅れたわけだ。

その船は悪趣味なまでに真っ黒に塗られており巨大な棺桶を連想させた。

酔っていた筈の船員たちは皆一同に眼を光らせると、次々に棺桶へと飛び移っていく。

銃声に太刀音、叫び声と怒鳴り声が、静かだった夜の海を一気に賑やかにさせた。

「お前は隠れててもいいぞ」

シャンクスは左手で長剣を抜くと、おれに向かってまた挑発するように笑った。

「おれは海賊だ、逃げも隠れもしねェ!」

「上出来だ」

それだけ言うとシャンクスは、乗り込んできた屈強な男どもに向かって颯爽と斬りかかっていった。

その優雅なまでの身のこなしにおれは戦闘中だというのも忘れて、最初出逢った頃みたいにまた魅入ってしまった。

あの扱いづらい長剣がまるで生き物のようにあの人の手の中で弾むように息をしていた。羽でも生えているのかと疑いたくなるほど、シャンクスは軽やかに身をかわし次々と敵を倒していく。

「何よそ見してんだ」

低い声と共におれの背後で男が一人倒れた。

更にその後ろにはライフルを手にしたベックマンが呆れたようにおれを見下ろしていた。

「さっきの威勢はどうした。死にてェなら別におれは止めないが、バカみたいに突っ立ってるとあっという間にこうなるぜ?」

ベックマンはそう言っている間にも瞬時に敵を薙ぎ払っていく。
煙草を咥えたままのその表情はどこか余裕すら感じさせた。

シャンクスといいベックマンといい、鳥肌が立つほどの他者を寄せ付けない何か強い力を持っているのがはっきりとわかった。

戦闘中でもその輝きを失わない。

いやむしろより一層輝きを増すのだ。

「――――!!!」

シャンクスの背後で、ピストルを構えた陰気臭い男の笑顔が目に映った。

この時既に“赤髪のシャンクス”といえば立派な賞金首になっていた。
シャンクスは2人の敵と応戦中でその男の存在には気付いていない。

―――おれは迷わずピストルの引き金を引いた。

すぐ傍を掠めていった銃弾の行き先を、少し驚いた顔でシャンクスは確認すると、おれの方を振り返って楽しそうに笑った。

「助かったぜ新入り、これならさっきの続きも安心してできるな」

「そりゃ勘弁してくださいよ」

情けない声でおれはそう言って笑った。

そしてこの日、おれは一つの誓いを立てたのだった。

あの夜の出来事で、おれは見習としてだが漸く仲間として認められたらしい。

しかも何故かヤソップに一番気に入られ、何かと銃の扱い方を口うるさいまでに教えてくれるようになった。
この海賊団の連中は相変わらず酔うと絡んでくるがそれでも気の置けない仲間になっていた。

「お頭ァ―――!!!」

その日明け方から見張りを任されていたおれは、意外にも早く甲板に姿を現したシャンクスに向かって大声を張り上げた。

シャンクスはシャツを羽織っただけで、まだ寝起き全開の顔を見張り台へ向け軽く手を上げて応えた。

おれは急いで見張り台を降りる。

「おまえ朝っぱらから元気だなー」

「それよりお頭見てくださいよ、これ!」

「ああ?なんだそのマヌケな帽子は」

「何言ってんすか、自分のドクロマークじゃないですか」

「そーだっけ?」

寝惚けてるのかトボケてるのか―――・・・

おれはそれでも嬉しくて1人で笑っていた。

「ほら、いーから見張りしろって。もうすぐこわーい副船長が起きてくるぞ?」

「あ、やべ」

これで3日間メシ抜きになったヤツがいるのだ。
おれは慌てて見張り台へと駆け上がった。

船首に立ったシャンクスは大欠伸をしてから体をぐっと伸ばした。

まだ輝き始めた太陽を正面に見据え、今この船は真っ直ぐに進んでいる。

イーストブルーは、近い。

おれは思いっきり息を吸い込んでシャンクスに向かって叫んだ。

あの誓いを――

「お頭!おれ決めましたから!」

「―――何を」

「おれは・・・おれは死ぬまでこの海賊団で生きていきます!!」

シャンクスはふっと笑うとかろうじて聞こえる声で言った。

「好きにすりゃいいさ、誰も何も縛らねェんだ」

「出て行けって言われてもおれはここ以外で海賊やる気なんかないですから」

「まったくどいつもこいつも・・・物好きな連中の集まりだな、ここは」

朝焼けを浴びながらシャンクスは呆れたように――それでも嬉しそうに笑った。

「お前が出て行きたくなるかもよ?」

「それだけはないです」

「なぜ言い切れる?」

「海賊としてのカンですよ」

「一番当てにならねェな、そりゃ!」

だっはっはっはとシャンクスの豪快な笑い声が、乾いた風に吸い込まれていく。

「でけェ告白だな」

いつの間にか姿を現したベックマンは、そう言ってタバコに火を点けた。

おれには聴こえなかったがシャンクスはまたベックマンをからかったのだろう。
軽く頭を叩かれているのが見えて、思わずおれまで笑ってしまった。

死ぬまでこの海賊団で―――

おれは笑い合う2人の後ろ姿を見ながら思った。

たとえこの先何が起ころうと、おれはこの背中を見失わないだろう。

この海賊旗はおれの誇りだ。

決して変わることのない、おれにとって偉大な男の象徴なのだ。

煌く海面の美しさに、おれはもう1度澄んだ空気を胸いっぱい・・・吸い込んだ。

 

 

 

-END-

 

 

 

続編マンガ HAPPY BIRTH DAYS

 

 

 

なんでこの海賊団に入ったか

出逢いは偶然でもそれが単なる偶然では終わらない…と言うような話が書きたいと。
しかも自然に、気付いたらここにいた、みたいなモノを。
(言うだけはタダ/笑)

因みに時代背景はイーストブルーに入る前、シャンクスが25か26ぐらいの時のお話です。

お付き合いいただきありがとうございました!