Under the sun 2

 

 

サイアクな夜は、サイアクな朝へと続いていた。

 

 

こんなことならいっそあのまま死んでたほうがまだマシだったかもしれない。

おれは重い瞼を開けることさえ出来ずに、全身を貫く痛みと吐き気、それに経験のないような高熱の中で目を覚まし途方に暮れていた。

 

いや、命だけでも助かってよかったと思うべきなのだろう・・・

 

結局あいつらはおれを助けてくれたのだ。
力尽きて海に沈んだおれを、力強い腕が助け出してくれたのだけはぼんやりとだが憶えている。

感謝の1つもするところだろうが・・・

あいつらのふざけた会話を微かな記憶で思い出したおれは、感謝するという行為に非常に消極的になっていた。

大体この激痛は何だ?

ヤブ医者しかこの船にはいなかったんだろうか?

両目を開けている筈が、右側だけ何も見えなかった。
それにこの高熱は絶対にあいつらの所為だ。あんな氷のような海の中に浮かんでいる人間を前にして、ゆうに20分は放って置かれたのだ。
間違いない。

独りで悪態をついていたおれだったが、意識がはっきりしてくると同時に死ぬほど喉が渇いてることに気付いた。

1度そう思ってしまうと、その衝動は止まらない。
だが声を出そうにもかすれて音にさえならない。

おれは左目だけの狭い視界でどうにか部屋を見回した。

そしておれは、やっぱり感謝なんかするものかと誓った。

信じられないことに殺風景なこの部屋にはお似合いなほど、誰1人としていなかったのだ。

医者の姿すらないなんて・・・

こんな重病人を置いてきっとあいつらは酒でも飲んでいるのだ。
そうに違いない。
それで先程からあんなにも外が騒がしいのだ。

誰でもいいから、おれに今すぐ水を飲ませてくれ

声にはならない声でそう叫んだ時だった―――

 

―――ガシャン!!

 

おれの右に位置する薄いガラス窓が派手な音と共に勢いよく砕け、人相の悪い男が部屋へ飛び込んできた。
反射的に窓の方へ顔を向けたおれに稲妻のような激痛が走る。
そしておれは右目が見えない理由と、右半身だけに感じる鋭い痛みの原因に思い至った。

昨夜の嵐でおれは、見張り台から甲板へ思いっきり叩きつけられたのだ。

よく生きていたものだと自分でも思う。
でもその後のことはよく憶えていなかった。

兎に角、死んでたまるかと無我夢中でその辺の板に掴まって―あいつらに出遭ったのだ。

だけどやっぱり・・・助けてもらわない方が良かったかもしれない。

おれはじりじりと近づいてくる殺気立った男を見て改めてそう思った。
あいつらに出遭わなければこんなことに巻き込まれることもなかったはずだ。

男の手には血濡れた刀剣が握られていた。

おれが欲しいのは水であってイカレた凶悪人ではない
何だっていきなりこんな有り難くも何ともない奴が飛び込んでくるんだ?

どこまでおれはツイてないんだろう。
この身動きも出来ない状態でどうやって戦えというのだ。

万事休す。

おれは神に、祈りではなく暴言を吐いた。

―――肝心な時に助けられねェくせに何が神だ

悔しかったらこの状況を何とかしやがれってんだ

殺気立った男が荒い息のまま刀を振り上げた、まさにその時だった―――

この世には偶然などないのだと昔誰かが言ってたよな、そういえば・・・

ぼんやりとそんなことを思ったおれの方へ、渾身の力を込めて刀を振り下ろそうとしていた男が容赦なく倒れこんできた。

「・・・・・・っっっっ!!!」

激痛を通り越えて、一瞬頭が真っ白になった。

甲板に嫌というほど叩きつけられたおれの体に、今またガタイの良すぎるイカレ野郎が全体重で降りかかってきたのだ。

イカレ野郎で圧死なんて死んでもゴメンだ

・・・ああ、やっぱりツイてねェ

一体昨夜から何度この台詞を呟いただろう

そんなおれの耳に、聞き覚えのあるあの声が―――

あの天使ではなく、悪魔の声が―――はっきりと、聞こえた。

 

「ウチの新入りに随分なご挨拶じゃねェか」

 

―――は?

新入り?

誰が?

いつ?

何の?

頭の中を駆け巡る疑問と反論と共に、おれは声の主を探した。

悪魔の声をした男は、おれに覆い被さっているイカレ野郎を難なく床に叩き落した。
そしてそいつに与えた一撃の所為で吹き飛んだらしい帽子を手にすると、おれの方にその顔を向け、満足そうにニッコリと笑った。

それを目にした瞬間、再び息が止まるほどの衝撃を覚え、体の痛みも、喉の渇きも吹き飛んでしまうほど、おれはバカみたいに魅入ってしまった。

悪魔の正体は、まだ幼さを残した端正な顔立ちの若い男だったのだ。
その上、目にも鮮やかな赤い髪をしており、その髪に隠れるように、左目には3本の傷跡がキレイに走っていた。

何だ?

この妙なオーラは―――

人を射すくめるというのだろうか・・・

赤髪の男の眼は恐ろしいまでにギラリと光っていた。

「よう、どうだ気分は?」

男―――というより、まだ少年と呼ぶに相応しいそいつは、手にしていた麦わら帽子を被ると右腰の鞘に長剣を戻した。似合っているのかいないのか、その麦わら帽子が男を一層幼く見せているような気がした。

「・・・と、ゆっくり話してる場合じゃねェんだった。あ、おまえは寝てていいぞ?」

言われなくても動けねェよ―――

それにしたって一体何なんだ、この騒ぎようは。

まるでここは―――

「シャンクス!!」

今度はおれの左側にあるドアが勢いよく開き、長身の男がライフルを手に駆け込んできた。ふわりと、白い煙が室内に流れ込む。

その声を聞いてからおれが悪魔の片割れの存在を思い出すまで1秒もかからなかった。

少し長めの黒髪を束ねたがっしりとした体格のその男は、咥え煙草のまま砕かれた窓辺に一直線に歩み寄る。
床に転がっている男など見向きもしない。

「よう、そっちはどうだ?」

「誰に聞いてる、問題ねェよ」

「そんじゃ、今夜も祝杯だな!」

「お、新入りは漸くお目覚めか。呑気だなぁ、こんな時に」

―――やっぱり間違いなくこの2人だ

しかも相変わらずふざけている

それに、さっきから一体誰が何の新入りだというのだ。

「今ちょっと立て込んでるからよ、あとで一杯飲もうぜ♪」

「そうそう、礼の1つもまだ聞いてねェからな。
こっちは願ってもねェ寒中水泳やらされたことだし・・・」

黒髪の男はおれを見てニヤリと笑うと、またドアへと一直線に戻りそのまま飛び出していった。それを見てから赤髪の男は窓の縁に足を掛け、ゆっくりと振り返る。

そして悪魔のような天使の様な微笑をおれに向け、こう言った。

「おれはこの海賊船の船長、シャンクスだ。宜しくな」

「・・・・・・・・・」

殺風景なこの部屋の壁に、左目に3本傷のあるジョリーロジャーが不気味に微笑んでるのが視界の端に映った。

どうやらおれは

念願の海賊へと、仲間入りが決まったようだ。

 

 

3