銀色の太陽③

 

銀色の太陽

 

 

 

昇らない太陽

沈まない月

闇に囚われて生きる―――“夜の神”

『あの月こそが、太陽なのさ』

ならば・・・あの男もまた―――

闇に囚われて、生きるのだろうか?

 

 

 

 

赤みがかった月は煌々と輝きを放っていた。

夜島の昼が終わり、動物たちが目を覚ます―――

闇の中に無数の生き物の気配を感じた。
鳥の羽音が近くで聞こえ、風に揺れる木々がさわさわと大気を揺らしている。

それでも尚、静寂の中にあるこの島に唯一の人工の音である繊細なメロディが、
まるで―――子守唄のように優しく降り注いでいた。

その懐かしい旋律に耳を澄ませおれは満月に照らされた道を歩き始めた。

酒場の裏へ周るとすぐ近くに頑丈とは言えない粗末な小屋がぽつんと建っていた。
“夜の神”の棲家同様その小屋に明かりは灯っておらず、月明かりがなければただの黒い塊りでしかなかった。

ドアの前に立つと同時に、それまでの高揚していた気分は潮が引くように一気に静まり、冷静に自分を見つめるもう1人のおれがいるようなそんな感覚を憶えた。

 

―――旋律は止まない。

おれは深く息を吐いてから壊れかけた扉を軽く叩いた。

だが中からは儚げな音色が流れてくるだけで返事はなかった。

少し躊躇してからゆっくりと扉に手を掛け、手前へ引く。そして静寂を壊すような耳障りな音と共に、ぽっかりと開いた闇へと足を踏み出した。

室内は窓から差し込む月光のお陰でランプなどなくても十分に明るかった。

いや・・・目が慣れただけか。

それとも、夜島に囚われ始めたか―――

 

家具と呼べるものが1つもない所為か、がらんとした空洞のような無機質な空間がそこには広がっていた。
ただ、美しい音色を紡ぎだすピアノだけはこの小屋の主だとでも言うかのように、どっしりと重厚な存在感を放っていた。

そして背を向けたまま、そのピアノに指を躍らせる細身の男は、振り向きもせず、歌でも歌うような楽しげな声と共に口を開いた。

「どうした?レヴィの旦那。さっきの話の続きでも気になるのか?」

青白い光に浮かび上がるその華奢な背中を見つめながら、おれは言葉を返す。

「この曲―――あんた、昔から好きだったよな」

ピアノの音がぴたりと止んだ。
男の緊張が伝わってくる。

降り注ぐ光の音が聞こえそうなほど辺りは静まり返った。

おれは煙草を取り出そうとポケットに手を入れた――すると男はその一瞬でピストルに手をかけ、無駄のない動きで撃鉄を上げた。

「誰だ?」

煙草へと伸ばしかけた腕をその場で止め、苦笑しながらゆっくりと両手を挙げる。
開け放たれたドアから入る光は、おれの影を部屋の中へ長く映しだしていた。

突如現れたその人影に目を凝らし、男はピストルを向けたまま、いつでも引き金を引けるように人差し指に神経を集中させている。

殺気に包まれたその男に―――おれは少し首を傾けて笑いかけた。

 

「おれを殺す気かよ―――リュカ」

 

だがリュカはまだ警戒を解こうとしない。月明かりに邪魔され逆光になったおれは、リュカの残された左目だけではすぐに認識されなかった。

少し伸びた髪と、不似合いな不精ヒゲ、そして見慣れない黒い眼帯姿―――

昔の面影を残しながらも、長い年月で培われた経験やいくつもの死線を掻い潜ってきたであろうリュカの顔付きは――どこか、少しだけ老成してるように思えた。

ただ・・・

あのブルーグレイの瞳に宿る光だけは―――

少しも霞んではいなかった。

「ベッ・・・ク?」

「よぅ、久しぶり」

「ははっ驚いたぜこりゃ!本当にお前か、化けて出たわけじゃねェよな?」

ようやくリュカは鋭い殺気を解くと、ピストルをベッドに放り投げ勢いよくおれに飛びつき、ばんばんと荒々しく背中を叩きながら心底嬉しそうな声を上げた。

「縁起でもねェ。第一おれはあんたに恨み言の1つもねェぞ?」

「まぁいい、とにかく入れ。乾杯しようぜ」

戸口に立ったままのおれを促すと、リュカはピアノの上に置いてあったボトルを掴み、グラスを1つ取り出した。

「ここに来たってことはレヴィのじーさんにも会ったってことだな」

「ああ、会ったぜ―――“夜の神”にな。美味い酒を奢ってもらった」

「そりゃあいい。夜島でしか味わえないからな、この酒は」

そう言ってグラスに紅い液体を注ぐと、おれへ差し出し、自分はボトルを上げた。

「何年ぶりだ?」

「20年」

「それじゃ、20年ぶりの再会を祝して―――」

カシャンと乾いた音が短く響き、芳醇な香りが口の中に広がった。
何度飲んでも眩暈がするほど美味い。
独特の癖を持つ不思議な酒。

顔を上げるとリュカが目を細めておれを見ていた。

「“赤髪海賊団副船長、ベン・ベックマン”――お前の懸賞金が上がるたびに、オレはこうして祝杯をあげたもんさ」

ピアノに寄り掛かるように腰を下ろすといたずらっぽくボトルを傾けた。

おれは軋むベッドに腰掛け、煙草を取り出して火を点ける。

「あんたも大層な懸賞金がかかってるじゃねェか。それにリュカ――その右目は?」

「ふっ・・・あははは!!」

リュカは突然糸が切れたように笑い出した。

「何だよ?」

「・・・なァ、ベック。おまえゾーグ海賊団って知ってるか?」

まだ笑いを含んだ声でリュカは問う。

「ああ、名前だけだが。でも確か数年前に壊滅したって話・・・」

おれの言葉にリュカがニヤリと顔を歪めた。

「まさか・・・あんたが?」

「そのまさかさ。昔盗られた物を取り返しにいってな、ちょっと派手に暴れすぎた。
お陰で懸賞金は跳ね上がるわ、有り難くもねェ連中に命は狙われるわ、海軍はしつこいわ・・・で、この島に来たってワケ。―――静かでいいだろ?」

リュカはボトルに口をつけた。

「独りで海賊団を壊滅とはね・・・そこまでして奪い返すほどのお宝だったのか?」

また意味ありげにリュカは笑った。
そしておれの質問には答えず、楽しい物語でも聴かせる様に話し始めた。

「―――お前と別れてすぐだったかな。
オレはしばらく海賊相手に金や財宝を奪って生活してたんだ。

だが何も知らないで連中に吹っ掛けたのが運の尽きさ。

ある日オレはゾーグの船だとは知らずに潜り込んだ――
まァそこまでは良かったんだがな。
まったく・・・笑い話にもなりゃしねェ。奴らにしてみれば喉から手が出るほどのお宝でもよ、オレにしてみりゃクソの役にも立たねェ代物ばかりさ。
その船に積まれた財宝は、1ベリーの価値すらないただのガラクタだったんだ。

ゾーグ海賊団ってのは、変わった物を集めるコレクター集団だったのよ。
しかも船長のゾーグが1番イカレてたね。まさに救いようのねェ偏執狂ってやつ」

リュカは軽く笑いながら髪をかき上げた。
右目を覆う黒い眼帯が目に止まる。

おれの視線に気付いたのか、リュカは左目を細め、口の端を緩やかに上げた。

「ゾーグが1番執着してたのはな―――人間の、目玉だったんだよ」

「―――じゃあ」

その右目は―――・・・

「そーゆうこと。
ヘマやってゾーグの前に突き出されたオレは、一目で気に入られちまった。
『ブルーグレイはまだコレクションにない』ってな。悪趣味にもほどがあるぜ。

冗談じゃねェってんで、オレはナイフを自分に向けて、こう言ってやったんだ。

『オレを殺すのは勝手だが、その前にオレはてめェで両目を潰してから死ぬ』

死体になっても目玉を抉り取るような奴さ、ゾーグは。
だがそのお宝が手に入らないならゾーグには何の意味もねェ。

で、焦った奴は勝負を持ちかけてきた―――カードゲームをね」

おれは新しい煙草に手を伸ばす。
リュカもつられるように紙巻に火を点けた。

遠い記憶に染み付いた匂いが、おれを過去へと誘ってゆく・・・

「―――勝負には勝った」

だろうな、あんたはカードでは負けない

リュカのイカサマは絶対に判らなかった。
命を賭けた勝負だというのに、リュカは余裕の笑みで堂々とイカサマをやるのだから、見てるこっちの方が心臓に悪い。

加えてリュカには、ガキの頃から人を射すくめる独特の雰囲気があり、シャンクスのカリスマ性にも似てる、一種麻薬のような魅力を無意識に放っていた。

ある時など、ピストルを向けられながらも、優雅にピアノを弾き始め、相手を魅了し挙句戦闘を鎮めてしまったことさえあった。

そんなリュカとの航海は―――まだガキだったおれにとって何もかもが新鮮で、思い描いていた海賊、それ以上だった。

あの頃と少しも変わらない不思議なオーラを放ちながら、リュカは話し続ける。

「だが、勝ったからって、はいさようならと終わる世界じゃねェわな。
ゾーグはこう言ったんだ。

『命は助けてやる。だが、片目だけは置いていけ』ってな。

あの時ばかりはこの色に感謝すりゃいいのか怨めばいいのかホント参ったぜ。
ゾーグが興味を示さなければ、オレは捕らえられた時点であの世行きだった。
どっちにしろ目玉を抉り取られる運命なら、死ぬよりはマシだってな―――」

リュカは美味そうに紫煙を吐き出した。

「で、あんなヤツのところにオレの片目を置いとくのも薄気味悪いんでね、たまたま連中に会った時に奪い返したのさ。そしてそのまま海に沈めてきた。
――ベック、お前も気をつけろよ?世の中にはイカレたヤツは意外と多いんだぜ」

「相変わらずムチャするな、あんたは・・・

じゃあ、海賊を辞めたわけじゃないんだな?」

「バカ言え、オレが生まれながらの海賊だってお前が一番よく知ってるじゃねェか」

「ああ・・・そうだったな」

おれはグラスに残った酒を一気に飲み干した。

「あんたはあの男と・・・よく、似てるから―――」

そう呟くと、リュカはその淋しげな瞳をゆっくりと閉じて―――諦めたような笑みを浮かべた。

 

―――リュカの父親は、海賊船の船長だった。

当時名を馳せた女海賊との間に生れ落ちたリュカは、当たり前のように海上で暮らし、海賊として様々な知識をその仲間と経験から積んだという。

しかし母親はリュカを産んですぐ戦闘で死に、海賊船という死と隣り合わせの環境に置いて、リュカにとって無条件で甘えられる存在を永遠に亡くすことになった。
それ故おれと出逢った頃にはすでにガキとは思えないほど大人びた眼をしており、加えてこのブルーグレイの瞳が、より一層、リュカの深い哀しみを感じさせた。

おれが9つの時―――おれのいた小さな島にやって来たリュカたちは、しばらくそこを拠点とし航海を続けることになった。
気のいい海賊たちは村人にも好かれ、持ち帰った財宝や珍しい品々で島を潤してもくれた。

そしてリュカの父親は、おれの母親と出会い―――恋に落ちたのだ。

リュカに言わせれば、父親―――シェイは母親の亡霊を追っているのだと、あまり良い顔はしなかった。
おれのお袋がそれを知っていたかはもう確かめようもないが、ただ、2人はとても幸せそうだった。

だからおれは2人を祝福したし、シェイを海賊として尊敬もしていた。
シェイの語る壮大な話は、どんな本にも載っていない冒険ばかりで、その頃からおれの海賊への憧れは深まっていったのだと思う。

だが熱い眼で海への想いを語っていたシェイが海賊を辞めると言い出したのは、何度めかの航海のあとだった。

お袋と安穏な日々を望んだのか、戦闘で失う仲間を想ったのか―――・・・

残された仲間の説得にも応じず、リュカを連れて船を降りた。

―――それでも、結局は何一つ変わらなかった。

“生まれながらの海賊”はシェイも同じだったからだ。

海はシェイの生き方そのものだった。
地に足のついた生活は、シェイには耐えがたいほどの苦痛しか与えなかった。

数か月も経たないうちに、海への郷愁を抱いたシェイは――いや、海賊を辞めると言った時からすでに後悔していたであろう――それを酒で紛らわすようになり、ふらりと舟を出しては何日も戻らないことが続いた。

島にいるときは大抵、高台から遥か彼方の水平線を眺めてはかつての冒険に思いを馳せている―――そんな姿をおれとリュカは何度も見ていた。

そしてついには―――船を出したきり2度と戻っては来なかった。

何故リュカだけでも連れて行かなかったのか。
自分で好きに生きろということなのか、何もかも失った自分に息子の存在は重荷だったのか―――

それとも・・・

しかしリュカ以上の絶望感を味わったお袋は、裏切られたという思いといつか帰ってくるという淡い期待から、次第にその精神を侵されていった。

シェイが島を出て半年後

お袋は崖から身を投げた

シェイを連れ去った海に、その身を、沈めたのだ―――

 

「シェイは10年前死んだよ」

リュカは目を閉じたままぽつりと言った。

「そうか」

そして残されたおれ達には、海以外行き着く先はなかった。

すべての始まり、すべての終わり

海は常にそこにあった。
だから海で生きることは、幼子が母の腕の中で眠ることと何ら変わらない、安堵感に包まれるのと同じことだった。

「ベック、さっきお前はオレに恨みなんかないとそう言ったけどな・・・お前にはオレを怨む理由がちゃんとあるだろ?」

「誰のせいでもない、お袋だってシェイに親父の面影を見ていたんだ」

「それだけじゃねェよ。オレは―――シェイと同じことをお前にした」

カラになったボトルをごとりと床に置き、リュカは膝の上でその長い指を組んだ。

「まだ14のお前を、広い海に置き去りにしたんだ・・・ひでェ兄貴だろ」

 

『お前は独りで生きていけばいい』

 

短くなった煙草を揉み消し、またすぐに火を点ける。

リュカの目が、おれを捕らえる―――

「おれは何一つ怨んじゃいねェよ。酔ったのか?らしくねェな」

「ベック、オレは――」

「もういい、リュカ。昔のことだ。こんな話をする為にここへ来たわけじゃない。あんたには航海術を学んだし、何より―――あんたとの毎日は楽しかった。おれが今こうして海賊をやっていられるのも、あんたとの航海があったからさ」

そう言うとリュカは、やはり昔と変わらない少し冷たく澄んだ眼で、おれを見ながら微笑むと「酒がきれたな、レヴィに貰ってこよう」――わざと明るく言いながらドアを開けた。
だが、すぐにぴたりと動きを止めると背を屈め何かを掴んだ。

「さすが“夜の神”だぜ――」

振り返ってニヤリと笑ったリュカの手には深緑色のボトルがしっかりと握られていた。

 

「本当はな―――ベック。レはただ逃げてきたわけじゃねェんだ。
この島へ来た理由は他にちゃんとあるんだよ」

それからしばらくは他愛もない話をして時を過ごした。

そして、2本目も空になった頃――リュカは少しふら付きながら窓辺に立つと、子供のような顔で銀色の太陽を見上げた。

眩い光を放っていた月はすでに欠け始めていたが、その光の中に立つリュカを、まるで陽だまりのように優しく、そして美しく包み込んでいた。

 

「夜明けを―――待ってるんだ・・・」

「夜明け?」

「ああ、昔聞いたことがあるんだ。数十年に1度、いやそれ以上か・・・この島に夜明けが訪れるってな。正確にはこの島を覆っているあの濃い霧が晴れるらしいが、まぁ信じる根拠もねェ話さ。

だけどオレは、それを信じてみたくなった。
レヴィのじーさんは有り得ないと言い張るけど・・・

見たいんだ―――この島に昇る、本物の太陽を」

 

闇に囚われたわけではない。

闇に身を置いて尚―――光を求めているのだ。

昇るかもわからない太陽を、この男は・・・

「お前を誘おうと思ったが―――ムダだな」

リュカはそう言いながらも、少しの期待を込めた眼でおれを見た。

何処かシャンクスに似ているのに、絶対的に違う何か・・・

やっと―――それが判った

 

「おれはもう―――太陽の光を、知ってしまったから・・・」

あの輝きを、忘れることも、手離すこともおれには出来るはずがない。

おれの言葉にリュカが笑いながら頷いた。

太陽を求めるリュカと、太陽の中に棲むシャンクス。

似ているようで、決して同じ光で輝くことはない。

そう・・・昼の太陽がシャンクスなら

夜の太陽と呼べるものは―――

 

「もし・・・死ぬまで昇らなかったら?」

「そん時ゃここがオレの墓場になるだけさ。――それより、ベック・・・もう仲間のところへ戻った方がいい。新月近くは波が騒ぐんだ」

言いながらリュカはランプに火を灯し外へ出た。

絶望と焦燥、微かな期待と嫉妬―――

「夜島の動物は火を怖がるからな」

淋しげに笑うリュカの後を歩き始める。
見上げた月はもう半分以上欠け、辺りを照らす光も次第に弱まっていた。

来た時は果てしなく続くように感じた道も、仄かな灯りの所為か、リュカの存在の所為か何一つ心配ないとそう思えた。

昔、こうしてリュカの背中を見ながら歩いたことを思い出し、随分長い時間が過ぎたことを今更ながらおれもリュカも痛感していた。

―――戻りたいわけじゃない

ただ、もう1度夢をみたのだ・・・

 

同じ海に生きる幻想を。

 

次第に波音が近付き白浜が見えた、その時―――

前を行くリュカが、ふいに口を開いた

「昔・・・お前に言ったな。独りで生きればいいと」

「ああ」

リュカは振り返って、淋しそうな、済まなそうな、不思議な顔で笑った。

「あれァ、自分に言ったんだよ

お前と居るのが当たり前になって、でもいつかお前はオレから離れるだろうと・・・いや、オレと離れてもっと広い世界を観るべきだってな。
だからあれはオレに言ったんだ。

手遅れにならないうちにお前の手を離さなけりゃ・・・

オレがお前を―――縛り付ける前にな」

「リュカ」

リュカは白く輝く砂浜を、恍惚の表情で遠く眺めると、独り言のように呟いた。

「お前はちゃんと見つけたんだ・・・自分の生きる道を、何よりも強い存在を・・・

オレはな、ずっと・・・お前のそういう顔が見たかったんだよ、ベック」

おれはリュカの視線の先を追う。

そこには―――リュカの海賊船のすぐ傍には、見慣れた大帆船が、次第に欠けてゆく月を背におれを待っていた。

しっとりとした夜風にはためくジョリーロジャーは、優雅に、そして不敵までに夜島を見下ろしている。

リュカは初めて見せる穏やかな顔で笑うと―――「よかったな」そう言っておれを強く抱きしめた。

「楽しみにしてるぜ、お前の懸賞金が上がるのを」

おれは背中に回した腕に力を込める。

「そうだ・・・リュカ。あんたへの恨み言を思い出した」

「何だよ、物騒だな」

腕の中でリュカが笑う。

「あんたに貰ったお守りの所為で、1度死にかけたことがあった」

「ああ、あのお袋の形見か?・・・なんだ、結局生きてるんだからいいじゃねェか」

はははと軽く笑い飛ばしたリュカはもう1度きつくおれを抱きしめた後で、何かを吹っ切るようにトンと体を離した。

「そうやって笑ってろよ、ベック」

おれは頷き、砂浜へ足を踏み出した。

―――再会の約束は、また交わされることなく、おれ達は別れた。

 

 

「ラギ、すぐ出航だ。―――シャンクスは?」

縄梯子を蹴り上げ甲板に降り立ったおれを、見慣れた顔が次々に出迎えたが、今一番見たい男の顔だけがそこにはなかった。

「さァ、さっきまでいたが・・・それより何なんだ、この島は?あんたが無事でよかったが――・・・」

船室へ向けた足は止めず、おれは一瞬振り返りニヤリと笑った。

「お前の航海日誌に、こう書いておけよ―――

『夜島には“夜の神”が棲む』ってな」

疑問符を浮かべたラギたちを尻目に、おれは暗い船室への扉を開けた。

「よーし、ヤローども出航だ!錨を上げろ!!」

ヤソップの号令と共に一気に甲板が慌しくなった。

おれはシャンクスの部屋を通り過ぎ自室へ真っ直ぐに向かう。

やはりというか、解り易いというか。この人なりの嫉妬なのか、シャンクスは拗ねた子どものようにおれの帰りを待ち構えていた。

「ヘンな島だなァ、ここは。もう月が欠けてやがる」

窓辺に立ったまま、振り向きもせず独り呟く。
おれは何故か脱力するほどの安堵を感じながら、シャンクスの隣りに立った。

「出航命令出してきたぞ」

「ようやく副船長殿もご帰還だしな」

ちらっとおれを見上げ、すぐに視線を戻す。

おれは苦笑しながらシャンクスを抱き、その唇を塞いだ。

―――船がゆっくりと動き始める。

僅かな抵抗を見せたシャンクスだが、離してやる気など毛頭なく、息も吐かせずに長い口づけを交わした。
1年ぶりにでも会うような、そんな懐かしさと愛しさと―――絡み合う唇から感じるこの人の熱に、夜島の酒を飲んだようなあの、至福の時を感じていたのだ。

ワガママで意外と嫉妬深くて気高くて自由で・・・

ホントにこの人は太陽みたいだ。

「こんなモンじゃ、騙されねェぞ」

腕の中の太陽は満足げな顔をしながらも悪態を吐く。

「はは、実はなおれの戦利品は極上の酒だったんだが、ヤソップ達に渡しちまったから、あんたは一生飲めねェだろうよ」

「それを先に言え!」

「何だよ、おれより酒がイイのか?」

体を翻したシャンクスに、わざとらしい口調でそう言うと、シャンクスは「当たり前じゃねェか」と笑いながら答えた。

「お前は誰にもやらねェからな。戻ってこなかったら夜島を吹き飛ばしてたぜ」

「よせよせ、“夜の神”を敵に回すことになるぞ?」

「いいね、それも」

おれは笑いながらもう1度シャンクスを抱き寄せる。

「見ろ―――霧が晴れる。夜島の出口だ」

シャンクスはおれに寄り掛かるように、その体を預けると、嬉しそうに呟いた。

船はゆっくりと白い光に吸い込まれてゆく。

 

―――刹那

雷の様な光の矢が、おれ達に向かって無数に飛んでくるように見えた。
思わず目を閉じたおれは、少し遅れて、瞼に柔らかな光を感じて、恐る恐る両の眼を明けた。

そこには、どこまでも澄んだ海が広がり、まさに目も眩むように輝き続ける太陽が蒼空に浮かんでいた。

途端に甲板から歓声が上がる。
誰もが当たり前に輝く太陽を見て、無邪気にはしゃぎまわっていた。

シャンクスもふっと息を吐き、幽かに笑った後で「ベック、見ろ――」と訝しげな声を上げ手元を促した。

「花が―――」

その言葉と共に、みるみるうちに夜島の花は光に溶けていった。

月の下ではあれほど美しく咲き誇っていたというのに、本物の太陽の光では輝きを増すこともなく、その芳醇な香りだけを残しおれ達の前から掻き消えてしまった。

―――まるで夜島が幻だったとでも言うように。

「夜島でしか、生きられなかったんだな」

シャンクスが少し淋しげに目を伏せ、後ろから抱くおれの腕に力を込めた。

 

『夜明けを、待ってるんだ』

もしいつかリュカの願い通り、夜島に太陽が昇ったら―――

あの花のように、すべてが光の中へ消えてゆくのだろうか?

植物も動物も、“夜の神”も―――リュカも

手のひらで溶ける雪のように、音もなく、消えてゆくのだろうか・・・

 

それでも、リュカは待つのだろう。

 

光に消え去ろうとも、きっと満足そうな顔で

夜明けを眺めるのだろう・・・

 

おれは輝く海と微かに残る夜島の香りの中で、祈るように、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

-END-

 

 

 

 

 

お付き合いありがとうございましたー!

しかも最後がやたら長いという、何たる無計画さ(ははは)

でもようやく書き上がったこのお話には大変満足してます。

シャンクスと出会う前の副長が書きたくて、あれやこれや考えているうちにシャンクスにも負けない魅力的な人にきっと影響を受けているだろうなと・・・。

お互い言葉にはしなかったけど、恋にも近い感情を抱いていただろうという
その辺の微妙な切なさを感じていただければ幸いといいますか。。

どこか幻想的でおとぎ話なようなものを目指してはみたのですが・・・所詮直椋(笑)

 

イメージソング

THE TRANSOFORMER “新世界”

 

up 2003/01/27